お金は人生の保険でお金の奴隷に成らない - 定年退職後の高齢者の仕事、雇用、健康

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お金は人生の保険である。お金が感謝されるときは、お金という保険が適用された時だ。通常の保険は、なにか予期せぬことで多額な費用が発生した時に保険金が支払われる。つまり、お金があれば保険はいらないということだ。貧乏人は、お金が沢山ないので万が一のために保険に入る可能性があるが、裕福な人は保険に入る必要はない。自分が持っているお金で対応ができるからだ。

お金が人生の保険であるという意味!

歳を取ってくるとお金の価値がなくなってくる。お金は、生きていくだけあれば良いという気分になる。これは自分だけの人生を考えたらという条件での話だ。家族や子供、親戚を考えたら沢山の金融資産が手元にあれば、何か困ったことが起きた時にそのお金で支援が出来る。

つまり、

自分のお金が保険金のような役割を果たす。

自分の人生をお金の奴隷になるようなお金の作り方、稼ぎ方は間違いである。お金は、飽くまでも何か予期せぬ出来事が起きた時に支援金として使うものである。そのようにお金を考えるとお金に自分の魂を乗っ取られない。お金を稼ぐのは、人生の保険を作るためだという大義名分になる。

困ったことに私にはまだ沢山のお金を作っていない。そのため、家族や子供、親戚のために役立つ人生の保険を作れていない。今、時間をかけて人生の保険を作り出す仕組みを作っている。ローマは一夜にしてならずである。地道な努力と忍耐力で試行錯誤を繰り返しながらお金を稼ぐ仕組みを作らねばならない。

どっちみち私の命はあと20年もないかもしれない。まだ命があるうちに家族や親族のために人生の保険を創りあげたい。今の私の生きがいは、多分、人生の保険をつくり上げるための土台作りなのではないかと感じている。

自分のために使うお金はそれほど必要ない。食べて行くだけで十分だ。欲しいものは多額のお金を必要としない。数十万あれば足りる。人生の保険の土台をつくり上げるには、数千万円は最低でも必要だろう。それが可能になるような仕組みをインターネットで創りあげたい。

インターネットは宝の山であるからだ。

アイデアと試行錯誤からゴミが金に変わる。それを見つければ良いだけだ。見えない世界での宝探しだ。お金は私の家族や親戚を支援する保険だ。近親者が困った時に助けてあげられるだけの財力を創りあげたい。その目標を達成するだけで自分の余生を使い果たすかもしれない。

生き甲斐は、幸福というなの香水を身近の人たちにふりかけて幸福になってもらうことだ。ふりかけた香水は必ず自分にもかかってしまうものだ。先は見えないが、目標は決まっている。あとは、その目標に向かって努力をするだけだ。人生を贅沢にするためにお金づくりではない。身近な人たちが困った時に使えるお金を保険として作ることだ。

お金は人生の保険である。私はこの言葉が大好きだ。