認知症になっていないシニアならば人生をもっと楽しめる - 定年退職後の高齢者の仕事、雇用、健康

認知症という病気には勝てない。認知症になったら、自分が自分でなくなるからだ。これでは、残りの人生を楽しめない。認知症になっていないシニアならば、人生を楽しめる機会がオープンになっている。目の前にあるドアをノックして入るだけだ。

個人差はあるが、自分の人生への感じ方でどうにでもなるように感じる。貧乏人、お金持ちの区別なく人生の楽しみ方は個人によって違う。その意味合いで、感じ方次第で人生を楽しめる。

70歳のシニア男性を知っている。この方は、筋トレが楽しくて楽しくてたまらないシニアだ。

人生の楽しみ方は人それぞれであるから平等だ!

私と同じ保土ヶ谷スポーツセンターに通っているシニアである。彼は毎日来ている。私は、週2回であるため顔を合わすのは2回限りだ。70歳の彼は、自由な時間を好きに使える時間がある。50歳の時に始めた筋トレが彼の生きがいになってしまった。

1回300円のジム使用料で半日以上筋トレをしようと思えば出来てしまう。毎日来ているのでいつも短時間で終えているようだ。筋トレで楽しい時間を過ごせる彼は本当に幸せだと思う。別に筋トレではなく、ヨガでも健康体操教室でも何でも良い。

自分が楽しいと感じる何かを持っていれば、それで十分である。たまたま、彼も私も筋トレで自分の体が変わっていく姿を見るのが楽しいのだ。筋肉は、鍛えることによって野菜のように育つ。ベンチプレスの重量を増やしながら半年ぐらいやると胸筋が大きくなる。それが自覚できるようになるからますます力が入る。

70歳のシニアの体が普通の70歳代の高齢者と比較して目立って違うのが、ある意味で筋肉という若さを得たというアピールになる。枯れていくような体格の普通の70歳シニアと筋肉の鎧で出来た体格。違いがありすぎる。年寄りであるか、ないかはその人の体格を見れば分かる。普通の老人は筋肉が体から消えて行く

70歳の彼は、自分の体を筋トレで改造する、若返らせる事で人生を楽しんでいる。

老後の人生を楽しむためには、(1)健康で普通の生活が出来ること、(2)自由な時間を好きなことに使えること、(3)やればやっただけのリアクションを感じられること。人生を楽しむために大金は不要だ。お金がかかる楽しみ方もあるが、それはお金がある人達にあげれば良い。お金に関係なく自分の人生を楽しむ時間の使い方さえあれば良いだけだ。 

私が米国の州立大学に留学中にこんな楽しい時間を金髪の女性と過ごせた。お金はアイスクリーム代だけだ。ケリーと言う恋人と一緒に海岸に面している公園をアイスクリームを食べながら散策するだけで心が幸せ感で一杯になった。

恋するシニアならば、豪華なフレンチ料理を相手にご馳走するだけが相手を喜ばせる方法ではないと気がつくはずだ。同じ価値観と感じ方を持っている相手ならば、一緒にいるだけで幸せを感じ続けられる。恋多きシニアは、残りの人生を恋で楽しめる。

「認知症になっていないシニアならば人生をもっと楽しめる」のポイント

  • 人生を楽しむのにお金は関係ない
  • 自由になる時間があれば楽しいと感じることに時間を使う
  • 幸せは感じ方で決まる