働かないと生活できない高齢者は不幸か? - 定年退職後の高齢者の仕事、雇用、健康

91歳の義父は、働かなくても生活が出来ている。自分のお金で生活が出来ている。年金と貯蓄で十分生活費が賄われている。70歳まで仕事をしていた。生活費の殆どが、食費と公共料金ぐらいだ。あと、税金だ。戦争経験者である義父の生活は、私たちが迎える老後の生活とは違う。ある意味、裕福な環境で高度成長時期に活躍し、終身雇用制度の恩恵を受けた世代だ。

一方で、

同世代の老人が生活保護で暮らしている。90歳代では働きたくても体が動かない。最低限の生活の中で自分の命がいつ尽きるかを待っている。人それぞれの人生がある。一概に良い、悪いと判断が出来ない。人生の最終判断は、その人が死ぬときに楽しい人生の旅を終えたと感じるかどうかではないか。

働ける高齢者は幸せだと私は思っている!

高齢者が自分で生活が出来る、出来ないの事情は個人に尽きる。個人の人生設計や生活姿勢で生活は何とでも変わるからだ。それよりも、現在、働ける健康と体力があるか、無いかだ。老人の挨拶は、必ず、こんな感じで始まる。

「体の調子は、いかがですか?」

70歳を過ぎれば、誰もが健康障害を一つや二つ持ち始める。軽いものから重いものまで。個人差がある。健康で元気な高齢者ならば、働く場所があれば働ける。働いている高齢者は、働けるだけの健康と体力を有しているという証拠だ。資産があり、働く必要が無い裕福な高齢者でも健康を害してベッド生活を送っているならば、人生は面白くない。

老後の生活で誰もが求めるのは、お金ではなく、健康と体力だ!

私は感じるのだが、都会人よりも田舎の老人の方が健康で体力があるのではないかと。田舎の生活は、自営業か、農業か、林業か、漁業など自然を相手にした労働が多い。自然の都合で労働の成果が決まってしまう場合が多い。都会人は、自然を相手にしていないで他の人間を相手に仕事をしている。

田舎で働いている人は、自営業が多い。自分が働かないと生活が回らない環境にいる。都会人は、組織に雇用されている人が多い。定年退職で仕事を追われる。仕事は、私たちにとって精神的なペースメーカーであり、生活の糧でもある。働く事で体を動かす。自分を働かせる仕事は、健康的な生活を維持する軸になっている。

田舎の人たちは、仕事が無いとやることが無くなる。都会ほど遊ぶものがないし、人間も少ない。それ故、仕事に精を出す。都会人は、仕事が無くなれば、お金さえあれば、遊べる娯楽が見つかりやすい。

だが、飽きる。生活のバランスが遊びだけでは築けない。生活のリズムも狂いだす。精神的に不安定になり、健康に悪影響を及ぼす。強制的に体を動かす仕事がないだけに体は楽な生活に溺れる。

働かなくても生活が出来る高齢者は、生活のリズムを自分で作りだし、体を意識的に動かして普通の生活が出来るように健康維持に努めなければならない。それが出来る高齢者は幸運な人たちだ。多くは、楽をして体を動かさない生活に陥る。体力は体を動かさないと維持できない。

おしりに火がついて必死になって働こうとする高齢者ならば、自然と体を動かし続けられる。動く事をやめたら生活が出来なくなるからだ。マグロが泳ぐことをやめたら死ぬという事と同じだ。

私は、命が尽きるまで働く。体は毎日動かして体力を温存する。自営業はそれを可能にする。

この記事「働かないと生活できない高齢者は不幸か?」のポイントは、

  • 働ける高齢者は幸せだ。働くには健康で体力が無いと働けないからだ。
  • 資産があり、働く必要が無い裕福な高齢者でも健康を害してベッド生活を送っているならば、人生は面白くない。
  • 私は、命が尽きるまで働く。体は毎日動かして体力を温存する。自営業はそれを可能にする。