人を見て学ぶか、自分の挑戦から学ぶか? - 定年退職後の高齢者の仕事、雇用、健康

63歳にしてこんな事を考えていた。もし、20歳代に戻れるならば、自分よりも優れた能力を持った人を見つけてその人の良い点を学び取ることが出来たかもしれない。自分より優れていると思う人から私は学んでこなかった。相手が自分より優れているということを素直に受け入れなかったからだ。その点で機会損失が生まれていたと今思う。

若い時は、そんな人生を送って自分の能力を高めることに集中すべきだろう。自分よりも優れた人はたくさんいる。学べることは沢山有るということだ。今、63歳のシニアが同じ事をする意味があるのだろうか戸惑う。63歳の私より優れた人はたくさんいるが、彼らから学ぶべきことが見えても、So What?である。

独自の人生を歩み出している今の自分は、新しい自分の世界を作り出そうとしている。若い時のように他人と比較する生活から解き離れている。自分の人生最後をどのように過ごすべきかに関心がある。人間が作り出した価値やモノに対して若い時以上に興味を失っている。

自分が満足する独自の世界を作り出して自己満足したい!

老いてくると他人の価値観と違う価値観が生まれてくる。その価値観は、自分独自のものである場合が多い。自分の人生の中でしか価値を産まないからだ。俗世間的な価値観は生きていく上で必要だが、自分の人生の最後を迎えるときには必ずしも必要でなくなる。

シニアの人生は、今見えている現実の世界を如何にして楽しむかだ。

金融資産をたくさん持っているシニアが高級老人ホームで生活していても最後の時は、誰も同じだ。俗物は無関係になる。その上、自分の運命はどうなるか分からないと来た。どのような死に方をするかは実際の話し誰も分からない。分からないことで今の余生を戸惑うのは非常につまらない。

最終的に自己満足が行く余生を送るためにはどうしたら良いかではないか。自己満足の世界は、他人が入れない世界だ。自己満足の世界を作れない人は、俗物の価値観で生活をするしか無い。お金が足りなければ、絶えず、お金がないという不安を抱えながらお金を死ぬまで追い続ける。

死後の世界までお金を持っていけないことぐらい誰でも分かっているが、お金の魔力に侵されてしまう老人が多い。どんなにお金がたくさんあっても寿命は尽きる。その時がかならず来る。お金は何の意味も持たない。

それよりも今の自分の生活を楽しむ方法を探すべきだ。

年寄りは今までの人生経験を上手く活用して自分を楽しませる事に時間を投入すべきではないか。そんな思いが何故か急に頭の中に浮かんできた。今の仕事は、自分の人生経験から生まれた仕事になっている。その意味では、自己満足の世界に近づいている。

ただ、

求めるレベルまで到達していないだけだ。まだまだ、不満足な状態であるので色々と試行錯誤をしなければならない。私が求めることは他人からしてみれば興味の対象ではないかもしれない。それが老後の価値観だと思う。他人の価値観を意識する必要はない。自分の価値観だけで余生を過ごすべきだと思う。

この記事「人を見て学ぶか、自分の挑戦から学ぶか?」のポイントは、

  • 老後の生活は、他人の価値観に左右されない自分独自の価値観で余生を楽しむべきだ。
  • 現実の社会の価値観に影響されずに今の自分を楽しめることに価値を置くべきではないか。
  • 自己満足の世界を自分で作り出すと老後の世界は楽しくなる。

goyat.biz