田舎のシニアの憩いの場はどこで見つかるか? - お金、筋トレ、健康、仕事

静岡の実家に墓参りに行ってきた。横浜から東名高速で2時間ぐらいのドライブだ。毎年1回両親の墓参りと実家を継いでいる兄夫婦に会いに行っている。実家は、雑貨店を経営している。お店の中に入って様子を見ると小学校時代の同級生の母親が兄嫁と雑談をしていた。雑貨店は、兄嫁が実質いつも運営している。

兄嫁は、地域の人たちとの接点が多いため多くの住民が顔を出す。地方は老齢化が進んでいるためお店にやってくるお客は高齢者がほとんどだ。買い物でやってくる人だけでなく兄嫁と雑談をしたくてやってくる老人たちも多い

おしゃべりが出来る憩いの場の個人商店

お店の中で会った小学校時代の同級生の母親は、もう84歳であった。84歳なのだが、84歳に見えないほど元気であった。足腰の衰えが見えない。自家用車で至る所に出かけているという。

実家の周りには夏ミカンの木が沢山あるらしく、墓参りに行く度に夏ミカンを頂いて帰ってくる。夏ミカンだけでなく、玉ねぎも今回頂いた。田舎は、菜っ葉ものが無料で手に入る環境がある。農家が多いのでお客さんが果物、野菜などを余ったから置いて行くという。 海にも近いので漁師の家のお客さんも多く取れた魚も置いて行く。

地域の接点を多く持つ個人商店は、地域の人たちとの触れ合いの場になっている。その中心人物が兄嫁であるため、憩いの場への感謝のしるしとして野菜、果物、魚などを置いて行くのだそうだ。

近くには1軒もカフェがない。お店も少ない。コンビニもないほどだ。こうなると地域の老人たちは、行く場所がない。唯一兄嫁が運営する雑貨店しかない。自然な流れで雑貨店に老人たちが触れ合いを求めてやってくる。買い物ではなく、地域の人たちとの触れ合い接点を求めてやってくるのだ。

お店は、田舎の憩いの場だ。都会と違ってお店が沢山ない。都会の老人たちが朝早くデパートが開店する入り口前で待っているのと同じだ。兄嫁のお店も開店と同時に一人、また、一人と近くの老人たちがおしゃべりのためにやってくる。

田舎は都会と違ってFace to Faceのコミュニケーションが誰とも簡単に出来る。私がお店に入ると数人のおばあさんたちが初対面である私に気楽に話しかけてきた。横浜ではそんな体験は出来ない。私が実家で夏ミカンを頂いたことを話すと小学校の同級生のお母さんがもっと美味しくて新鮮な夏ミカンが自宅にあるからと言って自動車に乗って行ってしまった。数分後に10個ぐらいの夏ミカンを持ってお店に現れた。84歳のおばあちゃんが10個の夏ミカンを持ってきてくれるなんでちょっと驚いた。

今朝、自分の庭にある夏ミカンの木からもぎ取ったという。

おばあちゃん曰く、夏ミカンは捨てるほどあるから誰かに食べてもらいたい!こんな感じで会話が進んだ。田舎の個人商店では、緩やかな空気の中で交流が進む。田舎でもらってきた夏ミカンを1日1個ずつ毎朝食べている。スーパーで買えば1個100円はする。

田舎での生活は、食べ物に困る事が無いらしい。都会の生活よりも食費はかなり安くなる。ほとんどがもらい物で食事が済んでしまうという。

 


my profile pictureこのページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

Joomla CMSを使った法人・個人サイト構築で独立。51歳の時に会社を卒業。雇われる生活から自分を雇う生活になる。ソニー(株)、Yahoo!ジャパン(株)でインターネットビジネスの面白さを味わい、個人でも法人と競争が出来る隙間市場があるのに気が付いた。生涯現役でインターネットの世界で生きて行く。Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA.

シニアの生活は、体の老化に従って変わって行く。その体験記をこのブログで書いている。