生活上の不都合を「金がないこと」で説明する習慣を知らないうちに私たちは身につけてしまった! - 定年退職後の高齢者の仕事、雇用、健康

世の中は、「お金」だと思って生活をしている人達が多い。生活に困ると「お金」が無いからということになる。「お金」がたくさんあれば、こんなに苦労しないのに!「お金」があれば、食べたい料理が価格を気にせずに食べられるのに!「お金」が有ればで続く言葉がたくさん出てくる。生活の不都合が全てお金がないからという説明で解決しようとする。

確かに「お金」はないよりもある方が便利で、都合が良い。「お金」に対する欲求が強すぎるとお金第一主義に陥る。他人の目から見て十分お金を稼いでいるのにまだお金が足りないと思い続けている人たちだ。

ある米国人はお金持ちかどうかを聞かれた時にこう答えている。

”I am NOT rich, but comfortable in living.” 金持ちではないが生活をする上で快適だ。

貧乏な生活の中にも平等に幸せがある

生活の中での幸せ感には個人差がある。お金持ちが感じる幸せ感と貧乏人が感じる幸せ感は同じでない場合が多い。生活環境が全く違うからだ。当然、価値観も違う。その意味合いで幸せ感は平等である。ソーシャルステイタス、経済的状況、教育背景、人生観などがその人の幸せ感に影響するが、その感じ方は世間で思われているような幸せ感ではない。

貧乏人は、高級ホテルのレストランで食事をするだけで幸せを感じる。お金持ちは、特別に幸せ感を感じない。それが当たり前になっているからだ。貧乏人が幸せと感じる同じ感覚がお金持ちにない。幸せは、お金持ちでないと得られないというのは嘘である。

「お金」があれば・・・・・という願いがそうさせているに過ぎない。お金がないと幸せを感じないなんてありえない。いくらお金があれば幸せを感じるのかと質問をしたいぐらいだ。

「お金」という欲望にかられると自分の希望と違った就職先に決めてしまいがちだ。本当は、こんな仕事をしたいのだが給与があまりにも魅力的でない。だから、給与が高いこの会社で我慢するしか無い。「お金」第一主義に陥ると間違った人生判断をしてしまう。

 シニアが第二のキャリアで再就職を探す時、同じ間違いをする。同じ間違いをするのだが、受け入れる側の会社が受け入れない。応募しても書類審査まで。面接にも到達できないという現実だ。お金に対する割り切りがシニアが求められる。

幸せ感をお金に求めるのではなく、私に仕事が与えられるという機会に幸せを求める。20歳代の若者と60歳代のシニアでは、社会での期待感が違う。年相応に社会での役割があり、それに幸せを感じ取る感覚が必要だ。この考え方は、あくまでも雇用されるシニアに対してである。

自分で起業するシニアには全く違った幸せ感が待っている。無から有を作り出すという幸せ感だ。自分の手で作り出したという達成感からくる幸せ感だ。売上が多い、少ないのはなしではない。自分の手でゼロからお金を稼いだという新しい体験だ。

お金持ちは満たされすぎているため貧乏人が感じるような些細な幸せ感に何も喜びを感じない。 ある意味、お金持ちは不幸である。些細な事で沢山幸せを感じたほうが良い。幸せを感じる回数は、実際の生活で本当に少ないからだ。

今、お金が足りないために将来を不安に思っているシニアならば、お金に縛られない生活をどのようにして作るかを考え、試行錯誤するほうが楽しい老後の生活を送れるのではないか。幸せは、お金では買えないからだ。有ればあったで便利だが、幸せを得ることにはならない。

ある意味では、お金があればあるほど幸せ感を味わう機会が遠のく感じがする。

 

 

 

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