シニアの価値観は定年退職後の生活の中で変わって行く。会社員の生活の中では、仕事を中心に人生の価値観が形成されていた。コアの価値を生み出す仕事を失う生活に入ると今までの人生の価値観も失われる。同じ価値観で生活が続かない。再就職しても65歳まで。その後は新しい価値観を作らざるを得ない。
多くのシニアが新しい人生の価値観の作り方で戸惑う。老後の生活は、人生の価値観の戸惑いから始まる。先に退職をして引退生活をしている先輩と会っても参考になる老後の暮らし方を学べない。暇で苦しんでいる。妻から夜の7時までに帰宅しないでねと強く言われる。
仕事中心の生活から自分が満足する生活に移れない。仕事以外で満足する時間の使い方を見つけていないためだ。では、どうすればその価値観を変えられるのか!
昼のテレビ番組でシニアの筋トレ特集があった。その中で目に止まったことが、「座っている時の姿勢だ!」。座っている時の姿勢が悪いと頭の重さが2倍、3倍になる。カフェでパソコンのキーボードをたたいている時の姿勢が私の腰と肩、そして、首を痛めている。姿勢が悪いため腰と肩に凝りが生まれ、それが首の筋肉に伝わり、最後に目の疲れに来る。
肩から目まで疲れると夜熟睡が出来なくなる。なんとか、これを治したいと思っている。
私はまだ夫婦で生活が出来ている。それぞれ自分の世界を持っているのでお互いの生活スタイルで衝突は起きない。家内は音楽の世界。私は、インターネットの世界だ。もし、どちらかが他界したらどのような生活になるだろうか。そんな生活は考えてもいないのだが心配だ。
現実に義父94歳が一軒家で一人暮らしを続けている。週に1回は家内か、夫婦で生活支援をするために訪問している。掃除をしたり、食事を作ったり、買い物に出かけたり、自宅で義父が出来ないことを1泊2日でやってあげている。1週間に1回だが、義父はその日を待ち遠しくしている。
その気持ちは私達もよく分かっているので毎週出かける。もし、自分が義父の立場なら同じことを期待するだろう。
闘病をしたときにいつも思う事がある。普通の生活が出来る事がどんなに幸せであるかを!病気で普通の行動が制限されると自由が束縛される。今までの生活がどんなに幸せであるかをその事が思い知らせてくれる。
94歳の義父が東京の自宅で一人生活をしている。私達夫婦は週1回1泊2日で介護支援に行っている。義父は私達がやってくるのを楽しみにしている。自分で出来ないことを頼めるからだ。一人で生活する上で最低限のことを自分でやっている。出来ないことはそのまま私達がやることになる。
自分が出来る範囲で自宅での生活を送っている義父だが、好きな事をして老後の生活を楽しんでいる。多くの老人はこんな義父の生活を羨ましがる。年齢的に老人ホームで生活していておかしくないからだ。実際、彼の知人友人はすでに老人ホーム生活になっている。
彼の生活は老人ホームに入る一歩手前にいる。足の力がもっと失うことになれば、自宅を動くのが困難になる。その時点で一人暮らしは出来なくなる。
自宅をいつも午前9時頃に出る日が何度かある。そんな時に限って老人が私の前を歩いている。その姿が異様だ。野球帽、スーツ、そして、運動靴姿の老人だからだ。なぜ、こんなファッショになるかをいつも考えている。
その老人は、80歳を過ぎている感じがした。健康のために外出をしているのだなと思っている。70歳代の老人の外出時の姿は、ジャケット(または、ジャンバー)、リュック、運動靴が多い。スーツ姿を見つけるのは、稀だ。仕事をしている70歳代ならば、当然、ネクタイとスーツと革靴だ。
80歳を越えている老人はネクタイはしていない。仕事をしていない老人であることは確かである。お昼頃に横浜駅地下街を歩くと着飾った老夫婦を見かける。二人ともちゃんとした服装であった。どこかのレストランにランチを食べに行くような印象がした。
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