誰もが年老いて行く。 60歳、70歳、80歳になった時、健康であるかないかの競争になる。お年寄りの挨拶は、この言葉で始まる。「体の方はいかがですか?」「お達者ですか?」
同じ60歳、70歳、80歳でも元気に個人差がある。60歳なのに70歳以上に年老いて見える人。80歳なのに60歳のように元気よく歩いている人。健康や体力の個人差がシニアに顕著に出てくる!
会社人間でシニアが定年退職で仕事を離れると燃え尽き症候群のようにふけてくる。元気なシニアは仕事をしている人が多い。毎日仕事というやるべきことが有り、生きがいを感じて生活をしているからだ。無職になったシニアは、自分を表す名刺を持っていない。会社員の頃は、名刺が自分を代表していた。それが、今はない。
定年退職の無職のシニアは人と会った時に自分が誰なのかを示す名刺がない。仕事が生きがいであった会社員の頃は名刺が自分を表していた。生きがいも名刺の中にあった。60歳から80歳代のシニアは無職になった時に生きがいを見失う。
そんなシニアは自分が誰なのかを表す名刺を作るべきである。その名刺の中に自分の生きがいが見えてくるはずである。例えば、美人を探して写す写真家という名刺を作ればあなたという人物像が相手に伝わる。そこから会話が始まる。会社の名刺ではなく、自分を表す名刺は相手にメッセージが伝わりやすい。
美人を写すのが生きがい

65歳になると年金受給が始まる。多くて月額年金支給額が22万円ぐらいかもしれない。大多数は、17万円ぐらいだろう。企業年金が多く頂ける人は余裕ある年金生活が送られる。
だが、多くの高齢者は、年金だけでは暮らせないというのが現実である。そして、余裕あるシニア生活をするには、お金を稼ぐ暮らしを続ける必要性がある。
これが高齢者の現実である。できるならば先行投資無しでお金を稼ぎたいものである。それができる方法がある。お金はあまりかけないが自分の時間と新しいことを学ぶ苦労が要求される。お金は簡単には稼げられない。何をやるにしても苦労は付きものである。
階段の上り下りを避けるシニアが多い。若者たちもそうだ。シニアの場合、膝の障害で階段の昇り降りができない場合があるが、そんな身体的障害が無いシニアならば、積極的に階段を利用する方が良い。私は通勤時に必ず駅の階段を使う。隣にエスカレーターがあるのだが、あえて階段を使っている。
階段の上り下りを習慣にすると知らないうちに足腰が鍛えられて健康になって行く。健康になって元気に生活をしたいという欲望を持ったシニアは多いはず。欲望があっても実際に動かないシニアが多い。これが現実である。誰もが楽な生活を優先する。楽な生活はシニアにとって天国のように思えるが、実際は死の階段を上って行っていることを認識していない。
筋肉を鍛えないとシニアの体は筋肉を失って枯れて行く。その過程で歩行障害になり、杖や歩行器がないと歩けなくなる不自由な生活を味わう。お風呂場で自分の太ももが以前よりも細くなっているのに驚くシニアが多い。こんなに足の筋肉が失われているとは想像もしていなかったと思うはず。身体の老化は知らないうちに足の筋肉を衰えさせる。
体の筋肉の中で足の筋肉が一番でかい。歩く上で必須な筋肉であるからだ。この筋肉が少なくなると歩けなくなる。その重要性を老人になって初めて気がつく。失われて行く筋肉を増やしたいシニアは多い。

夫婦生活がいつまで続くか、どちらかが先に他界した場合にどのような生活が待っているのか。孤独がやってくるのは誰もがわかっている。お互いに支え合って長年生きてきたパートナーと死に別れると生きる意味を失う。
高齢者は、70歳を過ぎると体力が落ちて免疫力が衰える。健康を意識して定期的な運動をしていないシニアは、今までに発症したことがない病気に直面する可能性が高い。生活習慣病が免疫力低下からひどくなり、入院する場合もある。
65歳を過ぎると年金を受け取れるが金額が不十分で生活が出来ない場合がある。働かないと生きていけないという現実に直面する。いつまで働けば良いかという問題ではなく、食べて行くには何をしたら良いかという問題になる。
65歳を過ぎた高齢者は、孤独、健康、仕事の問題を抱える。どのように対処したら良いのだろうか。
ネットの読者から「定年バカ」という本があることを教えてもらった。本屋に行くとランキングに入っているほど人気がある本である事が分かった。ちょっと、立ち読みをしてみた。この本の著者が言いたい事は、自分の老後を他人の生き方に影響されないで好きに生きれば良いという事を感じた。
世の中は、自分たちの利益になるような情報が溢れている。定年関連、老後の金融資産、相続、シニアの仕事、健康関連など色々な助言や考え方が著名者から発信されている。私から言えば、「老後は他人に影響されないで自分が好む生活をすれば良い!」これだけである。
他人の人生は自分の人生ではない。他人が描く老後のイメージを自分のイメージにしないことである。老後の生活で幸せをどこに見つけるかで余生は変わる。残り少ない人生を出来るだけ楽しみたいと思うシニアは私だけではない。そのためには
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