初めて日本海側にある島根県を訪れた。NHKの連続テレビ小説「ばけばけ」の舞台であり、小泉八雲が暮らした松江市と、出雲大社を擁する出雲市の2箇所で5泊6日を過ごした。5月19日から23日にかけては曇りや小雨の時間帯もあったが、気温は散策するのにちょうど良かった。

izumotaisya

夫婦揃って日本海側へ旅をするのは今回が初めてである。松江市と出雲市の宿を拠点に、足立美術館がある安来市へ足を延ばしたり、山陰の小京都と呼ばれる津和野まで往復6時間をかけて移動し、3時間ほど滞在する旅も楽しんだ。

羽田空港から出雲縁結び空港までは約1時間30分。しかし空港に到着した際、松江市行きの連絡乗合バスを逃してしまい、次の便まで3時間ほど待つ状況になってしまった。時間を無駄にしたくなかったため、やむを得ずタクシーで松江市の宍道湖近くにある宿へと向かった。代金は約1万円。移動に要した費用はバスであれば二人で2600円で済んだはずだが、思わぬ出費となった。運転手は嬉しそうな様子であった。

旅先では想定外の出来事が起きやすい。だからこそ、旅は面白い。

宿の宿泊手続き(チェックイン)の開始は午後3時であったため、荷物だけを受付に預けて松江城へと向かった。気温も天気も歩くには最適であったため、徒歩での移動を選んだ。15分から20分ほどの道のりは、私達夫婦にとっては良い準備運動となった。

■5月19日 松江市観光初日

初日の松江市観光は、松江城とそのお堀を船で巡ることで街の全体像を把握することから始めた。松江城のお堀を屋根付きの小船で回る「ぐるっと松江 堀川めぐり」である。船頭さんの解説や唄に耳を傾けながら、国宝・松江城の周囲と城下町の風情を約50分かけて水上からゆったりと一周した。大人一人2000円の乗船料であったが、それ以上の価値を感じられた。

horibune

堀川めぐりを終えた後は、松江城の天守閣に登った。急な木製の階段を登らなければ最上階まで行き着けないため、足腰の弱い高齢の方には厳しいかもしれない。第二次世界大戦の戦火を免れたため、昔ながらの貴重な姿が今に維持されている。

matsuejyo

松江城、小泉八雲記念館、武家屋敷の3箇所を巡ることができる共通電子券を購入し、初日の観光を終えた。夕食は「西洋軒」という有名な洋食店へ予約なしで足を運んだ。普段であれば満席で入店が難しい店だが、平日だったことが幸いし、10分ほど待つだけで席に案内された。

夕食後、徒歩で宿に戻る。受付で手続きを済ませ、もてなしの飲料をいただき、荷物を持って部屋へ向かった。一泊一人1万円ほどの二人部屋(ツインルーム)からは、窓の外に宍道湖が広がっていた。少し手狭な印象もあったが、夫婦二人で過ごすには十分すぎる空間であった。

妻は部屋で寛ぎ、私は広々とした温泉大浴場で移動の疲れを癒やした。無料のマッサージ機が設置されていたため、20分ほど体をほぐした。その後、部屋に戻って就寝したものの、思わぬ問題が生じた。寝具が冬用であったため、暑くて寝苦しいのである。室温調整が自動で20度に設定されていても寝汗をかくほどで、布団を掛けたり外したりを繰り返しながら夜を過ごすことになった。

翌20日は、楽しみにしていた朝の食事を期待しながら目を覚ました。

■5月20日 足立美術館の訪問と松江市のお土産品選び

朝食は、宿の9階にある見晴らしの良い食事処での食べ放題(バイキング)であった。宍道湖を一望しながらの食事は格別だった。しじみの味噌汁やしじみ炊き込みご飯など、郷土料理を中心に軽く済ませる予定だったが、新鮮な生野菜、西洋風の挽肉料理(カレーライス)、洋パン、果実、乳酪(ヨーグルト)、多様な果汁、各種の甘味が豊富に並んでいたため、ついつい食べ過ぎてしまった。

午前9時頃に宿を出発し、松江駅行きの乗合バスに乗車した。松江駅から安来駅までは電車を利用し、そこから足立美術館の無料送迎車に乗り換えた。足立美術館は約120点に及ぶ横山大観の作品群と、約4万3000平方メートルを誇る見事な日本庭園で名高い。私は美術品そのものよりも日本庭園の方に強い関心があった。これほどの景観を維持するためには、並大抵ではない費用と労力が注がれているのだろう。日本の自然の美しさが庭園の中に凝縮されていた。

adachi

一度は訪れる価値のある素晴らしい空間であり、2時間ほど滞在して堪能した。昼食は松江駅に戻ってから摂り、午後は島根県物産観光館へ向かって土産品を探した。日持ちする品が少なかったため、日常的に顔を合わせる近親者向けの品選びとなった。代表的な土産として「どじょう掬いまんじゅう」を、また長期保存ができる品として「しじみ醤油」を購入した。

妻は、物産館内の飲食店で販売されていた「そばソフトクリーム」を大変気に入った様子だった。蕎麦の実や蕎麦茶の香ばしい風味と、濃厚な牛乳の甘みが絶妙に調和した、地域ならではの甘味であった。

夕食は茶町にある、心地よい音楽が流れる洋風居酒屋「Dining Cello(ダイニング セロ)」に決めた。薄焼きの麦粉料理(ピザ)、各種茸の温製サラダ、特製オムライス、挽肉と米飯の料理(タコライス)などを注文した。驚いたのはその価格である。いずれも1000円以下でありながら量も多く、昼夜を問わずお勧めできる優良な店であった。 (店舗の案内頁:https://dining-cello.hp.peraichi.com/

■5月21日 小京都・津和野への足を延ばす

朝、目覚めると喉に違和感があり、喉風邪を引いてしまったようだった。持参していた常備薬を服用したことで幾分楽にはなったものの、体調は万全とは言えない状態になった。幸いにも発熱はなかったため、行動に支障はなかった。ただ喉の痛みが残る中、松江駅を午前11時頃に出発する特急「スーパーおき3号」に乗り、午後2時頃に津和野へ到着した。帰路は「スーパーおき6号」を利用し、夜の8時頃に松江駅へ戻った。

津和野では、白壁の土塀と掘割を優雅に鯉が泳ぐ「殿町通り」と、森鴎外記念館の2箇所を絞って巡った。第一印象としては、小京都と称される割には京都との類似性があまり感じられなかった。高額な特急券と乗車券を支払ってまで訪れる価値があったかどうかは少々疑問が残る。一度訪れれば満足できる観光地、というのが率直な感想である。

ただし、森鴎外記念館は非常に見応えがあった。観光客の姿もまばらで、静かな環境の中で展示を独占するようにじっくりと鑑賞できたのは幸いであった。

■5月22日 出雲市と出雲大社への参拝

朝10時頃、松江駅から電車で出雲駅へ移動した。駅の近くにある宿に宿泊手続きを済ませ、荷物を預けてから乗合バスで出雲大社へと向かった。出雲大社前で下車し、神門通りを少し下って最初の門まで戻り、そこから改めて境内を目指した。出雲大社への参拝は「一の鳥居」から始まり、四つの鳥居を順に潜りながら進む。参拝の手順は「二礼・四拍手・一礼」である。心の中で自身の住所と名前を告げてから、願い事を念じた。

伊勢神宮に比べると規模は小ぶりな印象を受ける。境内には若い女性の姿が目立ち、外国人観光客の姿は比較的少なかった。縁結びの神として高名な神社だが、私達夫婦にとっては神社の持つ歴史の深さに関心があった。周囲の若い女性の集団は、良縁への祈願が目的だったのだろう。

昼食は白玉ぜんざいをいただいた。朝の食事の満腹感が残っていたため、昼は軽く済ませた。その後宿に戻り、近くの薬局(ドラッグストア)で喉風邪用の飴(ドロップ)を購入した。夕食は出雲駅構内の食事処で手軽に済ませた。宿に戻った後は再び温泉でくつろぎ、無料の飲料が用意された広間で、読み物をしながら心身を休めた。

■5月23日 出雲市・木綿街道と出雲大社の再訪

出雲滞在の最終日は、一畑電車を利用して雲州平田駅へと向かった。駅から徒歩10分ほどの場所に位置する「木綿街道」を訪れた。ここでは古い町並みをただ歩いて眺めるに留まった。電車の運行が1時間に1本程度であったため、駅の待合室で30分ほど時間を過ごした。出雲駅に戻った後、再び出雲大社へ足を運んだ。昼食の時間には店に入らず、門前にある店で「ぜんざい餅」を購入し、午後3時のおやつの時間に合わせて昼食代わりにいただいた。

朝食がしっかりとお腹に残っていたため、本格的な昼食を摂る必要を感じなかったのである。

なお、出雲大社に関して一つ大きな誤解をしていたことに気づいた。拝殿にある大きなしめ縄が国内最大のものだと思い込んでいたが、実際にはその先にある「神楽殿」の大しめ縄こそが本来の最も巨大なしめ縄であった。私達と同様に、拝殿のしめ縄だけを見て満足し、神楽殿を見ずに帰路についてしまう観光客は少なくないのではないだろうか。

kagura

■5月24日 出雲民芸館を経て羽田空港へ

出雲縁結び空港を出発する航空便は午後5時15分発であったため、午前中の時間を利用してJR西出雲駅の近くにある「出雲民芸館」を訪れることにした。館内には、島根県を中心に全国から集められた陶磁器、漆器、木工品、染織物などが多数展示されている。それらは華美な装飾品や趣味の品ではなく、人々の日常生活の中で実際に使われてきた実用品ばかりであり、無駄のない、用の美とも言える健康的で力強い美しさを湛えていた。入館料は大人800円。本館と西館があり、30分もあれば出雲の優れた民芸品を深く学び、鑑賞することができる。 (民芸館の案内頁:https://izumomingeikan.com/about

mingeikan

出雲駅近くから空港行きの連絡リムジンに乗り込んだ。出発の1時間前に到着し、館内で搭乗を待った。飛行機は満席であった。羽田空港への到着が夜の8時頃となるため、利用客の多い時間帯なのだろう。

出雲縁結び空港の周辺には一面の田園風景が広がっていた。ちょうど田植えの時期を迎える直前で、水田には水が満々と張られていた。非常に長閑で美しい情緒を感じさせる空港であった。

■喉風邪と胃腸の不調について

帰宅後の5月25日、長引く喉風邪を治療するため近所の内科診療所を受診した。熱はなかったものの、喉の炎症、激しい咳と痰、それに伴う息苦しさがあった。松江訪問の3日目(5月21 日)に発症し、市販の薬では完治が難しいと感じたため、年に一度ほどお世話になる馴染みの医師のもとへ向かった。

処方された薬剤は、マクロライド系の抗生物質、痰の切れを良くする薬、咳を鎮める薬、そして喉の炎症を抑える薬の計4種類であった。昨年同様の症状で処方された抗生物質よりも進歩しているようで、1日1回、3日間にわたって2錠ずつ服用するだけで効果を発揮するという。以前であれば1週間、毎食後に服用せねばならなかったことを思うと、医療の進歩を実感する。

服用後、30分ほどで効果が体に現れ始めた。最も辛いのは朝の起床時である。夜間に薬の効果が薄れるためか、激しい咳や痰、喉の痛みに見舞われる。しかし、朝食後に再び薬を服用すれば、すぐに症状は沈静化する。

また、旅の疲労に加え、食べ過ぎが原因となって胃腸の調子を崩してしまい、軟便や下痢の症状が続いていた。しばらく胃腸を静養させるため、食事の量を控えめにし、消化の良い献立を意識して生活している。

結論

年齢を重ねるにつれ、体力の衰えや体調の急な変化を実感しやすくなる。疲労の回復には時間を要するようになり、免疫力の低下から風邪も引きやすくなった。また、旅先で美味しい料理を過分に摂取してしまうと、胃腸に過度な負担がかかり、結果として体全体の不調へと繋がってしまう。胃腸の健康が損なわれると全身の活力も失われるため、そのような状態で旅を続けるのは苦難を伴う。

こうした事態において極めて有用なのが、使い慣れた常備薬である。胃腸の調子を整える薬、風邪の初期症状を緩和する薬、鎮痛剤などは旅の必需品と言える。旅先で体調を崩すと、精神的な不安も重なり、一刻も早く自宅へ帰りたくなるものである。今回は1週間近い長期の旅行であったため、自覚のないうちに肉体へ大きな負荷が蓄積していたのだろう。最終的には帰宅後に医師の診察を受け、適切な処方薬をいただくことで安堵した。

宿の寝具の仕様や室内の温度管理が合わないと、夜中に目を覚ましてしまう原因になる。これが睡眠不足を招き、体力を一段と消耗させる。また、選択肢の豊富な食べ放題形式の朝食では、つい多様な料理を味わいたいという欲求が勝り、過食に陥りやすい。これが結果として胃腸への負担を重くしてしまう。

日常とは異なる環境での生活は、あらゆる行動が身体への負荷となり得る。したがって、旅行は十分な体力が備わっている年齢のうちに赴くべきだと痛感した。70歳を過ぎての旅路では、現地での体調管理、なかんずく胃腸の健全性をいかに維持できるかによって、旅の充実度や味わいが大きく左右されるものである。

 

* このブログ記事を読んで頂き、ありがとうございます。この記事に追加コメントされたい方は 

このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 までブログ記事のURLとコメントを書いたメールを送ってください。プラスになるコメントを記事に追加させて頂きます。