シニアの生き甲斐(生きがい) - 定年退職後の高齢者の仕事、雇用、健康

年金生活を始めている高齢者(シニア)
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団塊の世代の高齢者は、会社組織の制約から逃れて自由自適の生活をしていると思っている人達が多いだろう。実際は、こんな感じだ。

最初の半年は、自宅でゆっくりと好きなことをやりはじめる。本を読む。映画を見る。夫婦で海外旅行に行く。思いつくこと、やりたい事を行う。

徐々に今までやりたかったことが満たされ、時間をもて遊ぶようになる。この頃から、奥さんから「家にいないで昼間は外に行って!」というリクエストが多くなる。

 

自宅を出て、一体何処に行けば良いのだろうか?

63歳のシニア男性が70歳以降の生活を想像している。来年は64歳だ。実質、70歳になるまで6年ぐらいしかない。70歳になるまで生きているという大前提でどんな生活が待っているかを考えて見たい。

会社で働き続けているシニアが65歳を過ぎると雇用から解かれる事になる。年金をもらいながらアルバイトやパートをしながら小遣い稼ぎして空いた時間を今までやりたかった事に使っている。

ただ、

定職が無い生活に戸惑いを覚え始める。私が所属するNPO団体には、65歳を過ぎたシニアが入会してくる。多くは、暇な時間をもっと有効に使いたいという気持ちからだ。同時にどこかに定期的に行く理由を求めているからだ。70歳まで幸運にも働き続けられたシニアも何かを求めてNPO団体に入ってくる。

動機は様々だが、共通している事は暇な時間を何とかいしたい!自宅以外に定期的に行く場所が欲しい。

70歳なった時に仕事に左右されないライフスタイルを!

60歳で定年退職をして、65歳で雇用延長が終わり、完全に会社を卒業した65歳シニアは、毎日が日曜日という生活に突入する。毎朝、定時にスーツとネクタイを来て出勤するという習慣が突然消える。朝食を食べながらテレビを見る。家内は家事で忙しく動き回る。自分は新聞を読みながら何をしたら良いのだろうかと思いにふける。

会社という鳥籠から放された鳥は、空高く舞い上がったのは良いがランディングすべき場所が見つからない。そんな65歳シニアが大勢いるのではないだろうか。

会社時代は、日中の午前9時から夕方5時まで仕事で時間が使われていた。日中の8時間が65歳のシニアにとって悪夢になる。仕事をしていた時は、仕事がその8時間を埋めていた。今は、日中8時間を確実に埋めるものがない。読書をするにしても8時間ずっと本を読んではいられない。新しい生活のリズムを自分で作る必要がある。

仕事を失った65歳シニアの時間の使い方

今日の午後は、スポーツセンターに行って筋トレをする予定であった。自宅でランチを食べる前に時間があったのでNetflix配信中の”Good Witch”と言う米国テレビ番組シリーズを見ていた。見ていたら、あっという間に2時間が過ぎてしまった。筋トレに行くことを止めてスタバに直行し、仕事をしている。

Good Witch(グッド・ウイッチ)の番組を見ていると日本人にはない愛情表現がテレビドラマの中で見受ける。米国のテレビドラマだから当然といえば当然だ。このドラマをこの2ヶ月間ずっと続けて見ているが、見るたびに主人公のキャシーと恋人役のサムとの会話に見えない愛情を感じる。

見えない愛情が言葉のキャッチボールから生まれている。そんな見えない愛情が私たち夫婦の会話にもある。Good Witchのドラマを見てそれを発見した。会話がなくなったシニア夫婦が定年退職後に熟年離婚したとか、卒婚になったとかを聞く。

実は、私の妻は”魔女”。私は、彼女の魔法で虜になっている。子供の頃に見た”奥様は魔女”に出てきた旦那が私だ。家内には、不思議な力がある。磁石のように人を引きつける魅力だ。彼女はいつも多くの人に囲まれている。妻には人を引きつける魅力があるが、私にはそんな魅力がない。

この記事は長編になる。時間がある時にゆっくりと味わってくださいね!

熟年離婚や卒婚を避けるシニア夫婦の愛情の感じ方・伝え方

私は、12年前に会社組織を離れて起業した。もし、何らかの事情で会社組織に再就職して給与をもらう状況になったら、本当に働き続けられるか100%自信がない!一度自由という空間を味わったカナリアは、もう一度3食付きのかごの中に戻って鳴くことをするだろうか。これは、個人差がある。私は、できない。

他人の下で働く意欲が生まれない。自分の力でお金を稼ぎ始めると「なぜ、他人の会社を儲けさせる労働をしなければいけないの?」という問いかけが降ってくる。

一度自由な時間を楽しむと時間が束縛される会社では?

自宅にある自分のものを見てもう二度と使わない物が多くあるのに気がつく。多くは、過去の産物だ。自分の思い出として自宅のスペースを埋めてそのスペースを有効活用できなくしている。仕事柄、コンピューター関連の道具(パソコン、HDD、コード、バッテリー、DVD、記録メディアなど)があまり出番が無いのに置かれている。機器自体は、まだ、使えるのでいつか使うだろうと思ってそのままになっている。

現実の話、10年前に買ったノートブックパソコンが今の私の仕事で使えない。まだ動くが使わないノートブックパソコンが2台ほどある。もしも時に使えるだろうと残しているのだが、多分、もしもの時は来ない。

私の家には、まだ使える、万が一の時に便利、捨てたらもったいない、あったら便利、まだ着れる、昔の思い出、二度と読むことがない本などの理由で置かれている、使われない物がたくさんある。

まだ63歳で肉体的に若いので生活上で何も不自由はない。昔ほど物欲はなくなったが、仕事で使う物には絶えず目が行って買いたくなる。夫婦二人の生活なのだが、自宅には独立した子供のものが置かれている。長男はすでに子供ができた。完全に独立した家庭になった。私が65歳になる前に長男や次男のものを片付けようと思っている。

勝手に捨てると怒られるから事前に子どもたちに期限を切って知らせることにする。私が65歳になったら、子どもたちの所有物は自動的に捨てることになるから自分の住まいに持ち帰るようにと。

終活に都合が良いシンプルな暮らし

スタバの中でクリスマスソングを聞きながら2018年度の目標達成状況を見ている。2018年の目標はこんな目標であった。

2018年度から始める新しい目標

  • 新しい趣味を一つ増やしたい
  • 新しい団体やグループに参加したい
  • 新しいテーマのブログサイトを公開したい
  • 自重で行うスクワット運動を1年間続けて自分の体がどのように変化して行くかを調査したい

果たして何を達成できただろうか!

2019年の目標は2018年度の目標と違う!当たり前かもしれないが、・・・

新卒者は、学生から社会人となるために会社組織で働き始める。定年退職者は、第2の人生を会社組織から離れて始める。新卒者は、社会生活をこれから学び、自分たちが夢見ている生き甲斐を探す。定年退職者は、自分を中心に人生を見直しこれからの新しい人生を試行錯誤しながら学ぶ。

新卒者には社会から羅針盤が与えられる。定年退職まで会社組織で生活すれば、65歳まで安心と安定した生活を得ることが出来るという社会常識という羅針盤だ。定年退職者は社会から人生のガイドになる羅針盤が与えられない。自分で自分の人生のための羅針盤を作らねばならない。

65歳という年齢で社会人としての節目を迎えて老後の人生を自分で描く立場になる。組織から離れてたった一人の人間として自分で生きる道を探す出発点に立つ。若者とは違い、65年という人生経験がある。その人生経験から自分が求める新しい人生を自分で見つける運命を授かる。

若者とシニアでは生き甲斐が違ってくる!

自宅をいつも午前9時頃に出る日が何度かある。そんな時に限って老人が私の前を歩いている。その姿が異様だ。野球帽、スーツ、そして、運動靴姿の老人だからだ。なぜ、こんなファッショになるかをいつも考えている。

その老人は、80歳を過ぎている感じがした。健康のために外出をしているのだなと思っている。70歳代の老人の外出時の姿は、ジャケット(または、ジャンバー)、リュック、運動靴が多い。スーツ姿を見つけるのは、稀だ。仕事をしている70歳代ならば、当然、ネクタイとスーツと革靴だ。

80歳を越えている老人はネクタイはしていない。仕事をしていない老人であることは確かだ。

野球帽(キャップ)、ネクタイ無しのスーツ姿、運動靴というファッション

年齢が80歳を過ぎるとどちらかが老健施設や老人ホームに入居する事になる。肉体の老化、認知症で自宅で生活が出来なくなる。家内の両親は、母親が老健施設でリハビリ生活を送り、父親が自宅で一人生活を送っている。私たち夫婦は、1週間毎に父親の生活支援で1泊2日で横浜から東京まで旅をする。

父親は、一人で老健施設に行けないため、私たち夫婦が自動車で父親と一緒に訪問面会をする。2時間ぐらいおしゃべりをして母親の状況を把握する。父親にとって週に1回の訪問は、妻に対する愛情表現の一部のようなものだ。どの夫婦でも長年連れ添って生活をしてくるとそれぞれの愛情表現が生まれる。 

人生の伴侶ほど身近な人はいない!

2018年10月25日から1泊2日で札幌に出張しました。NPO団体からの依頼で北海道の中小企業相談をやってきました。久々の札幌。東京や横浜と違ってビルや街並みで大きな変化はありませんでしたが、なぜか、レストランの価格が東京以上に高い印象を受けた。多分、札幌駅ビルの中は、訪日観光客が多いので観光客プライスに設定しているのかもしれない。

羽田空港を朝7時半頃出発に出発し、新千歳空港に午前9時頃到着。電車で札幌駅まで40分。電車の中で何故か浮いてしまった。乗客の中でネクタイとスーツ姿は私だけであったからだ。東京、横浜ではちょっとありえない。

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仕事は、その日の昼から始まるので午前中は札幌駅周辺を歩き回った。宿泊するホテルモントレー札幌の場所と仕事先の場所を確認した後、カフェに入って一服した。

その日の夜は同行者の知人のママが経営するスナックで夕食

65歳まで1年余りだ。65歳になったら少し今とは違う生活をやって見たい。今は、日々の生活費を稼ぐインターネットの仕事に励んでいる。65歳になれば、年金という収入が死ぬまで入ってくる。この年金収入だけで本来は生活が出来るようにしなければいけないのだが、今の生活水準を急激には下げられない。

生涯現役を目指している私であるので働けなくなる体になるまでお金を稼ぐ仕事を継続し、作り出すつもりだ。年金収入は、働けなくなった時の保険金になる。

65歳からは、収入面で精神的に気が楽になる。気が楽になるので新しい事に挑戦したい。今の生活リズムを100%変えるつもりはない。余裕が出来た時間で今まで経験した事が無い事を始めたいだけだ。

刺激がある老後生活

私にはこんな感覚がある。70歳を過ぎると体の保証期間が切れて免疫力が弱くなり大きな病気になったり、体の不調が続いたり、運悪く他界したりする人が多いような感じがする。平均寿命が80歳以上であると言っても自分が確実に80歳以上まで生きられるというという確信は得られない。

私は、63歳であるが70歳に向けてちょっとづつ終活の準備を進めている。一番面倒なことは、デジタルデータである。

インターネット・パソコン・スマホを使っているシニアはデジタルデータを整理する必要あり!

シニアの孤独は避けられない。生まれたときも死ぬときも一人だ。これは運命だと諦めるしか無い。

ただ、

一人で生活を始める前までは、夫婦で一緒にいる時間を思う存分に愉しめば良いだけだ。遊び仲間がいれば、生活に潤いが生まれる。遊び仲間がいなくても一人遊びを見つけて愉しめば良い。何もくよくよする必要はない。

一人生活を始めても一人の生活を楽しむ方法を学べば孤独を癒やすことが出来る。孤独は、話す相手がいない時に強く感じる。夫婦二人で生活をしていれば、誰かが自宅にいるということだけで孤独は和らぐ。

孤独を意識しないでそのまま受け入れて生活するライフスタイルに慣れるしか無い。若い独身時代の生活を思い出してみる。独身時代はどんなひとり暮らしをしていたかを思い出してみると何かヒントが見つかるはずだ。

一人で孤独を楽しむ方法を探す!

観覧車を英語で、Ferris wheelと呼ぶ。あまり耳にしない単語だ。観覧車に乗ると時間とともに徐々に空に上っていく。そして、下がっていく。まるで人生だ。赤ちゃんから老人という人生が観覧車の一回りで繰り広がる感じだ。観覧車が一周りする間に色々なことが乗っている人の人生に起きる。

10月4日に生まれた私の孫は、これから観覧車に乗って上がっていく。まだ、乗ったばかりだ。どんな景色が見えるか分からない。でも、楽しみにしているだろう。一方で観覧車の一番下に向かっている老人もいる。私たち夫婦は、時計の針で言って3時頃かもしれない。一番下の6時までに行くまで後3時間ある。

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まだ、残りの人生を十分楽しめる時間がある。孫と一緒に。

The Brave New Worldにやってきた孫