年金の有難みを今感じている。年金収入だけで食べて行けるからだ。貯蓄があっても無くても最低限食べていけるし、衣食住は満たされる。70歳を過ぎてこの世にいられる時間が10年から20年ぐらいと推測できるとお金に対する欲求も物欲も消えていく。
年齢がまだ20歳代だったら、こんな事を感じていないだろう。欲しい物だらけだ。物欲は強く、性的な欲求はピークになる。そんな時お金は必須である。沢山のお金が欲しくなる。人生の終わりを考えることもない。エネルギーが沢山あり、やりたい事が湧いて出てくる。
70歳を過ぎるともう若者ではないことを鏡の中の自分を見て悟る。髪の毛が少なくなり、髪の毛の色が黒から白に変わり、こめかみに目立つシミができる。頬や目の下がシワであふれる。自分の手で顔のシワを伸ばせば、顔が一瞬若い頃の自分の顔に戻る。
20年前の家内の写真を見たら、今とは違う若い美人に見えた。老いると風貌の違いが若い頃の写真と比べて目立つ。これが本当に自分の顔かと。心はまだ20歳代なのだが。風貌は老人になっている。
街なかを歩く若い女性たちを見ると全員が美しく、魅力的に感じる。若さは美貌である。

この女性はモデルだが、同じモデルでも老いてきているモデルと比較すると若さが美貌であることが分かる。

60代の妻は歩いている若い男性たちを見て楽しんでいる。若さは魅力である。
世間の常識、モノの捉え方、考え方、感じ方を自分なりに判断して71年間生きてきた。最近、この考え方を変え始めた。後、生きていいられる時間は長くても20年ぐらいではと思うと世間の常識にとらわれないで、自分が思った事、やりたい事、好きな事の感覚で生活を送り始めた。
筋トレのメニューにスクワットがある。スクワットは伸びがあるズボンやショーツでないと動きが悪い。そこで下半身のお尻、足に張り付いて伸び縮みするレギンスを履くことにした。男性用のレギンスには好みのスタイルがなかったので女性用のレギンスを探した。こんなレギンスである。

男性の体型は女性とは違うのだが、お尻や足にピッタリ張り付いで伸び縮みするレギンスであるので着る上で性別で違いがない。違いは見る人がそれは女性用のものだという感じ方である。私はその考え方を十分承知であるが、自分の都合と好みを優先している。スクワットをする上では何も不自由をしない。むしろ、やりやすい。
結婚して当たり前の昭和世代。平成、令和世代は選択の時代。結婚したい、一人で居たい、いい人がいれば、結婚できない収入、多種多様の時代になっている。昭和世代の私が息子たちの生活を見て気づく違いがある。
結婚は出会いである。出会いは運命かも知れない。結婚相手を求めても見つからない場合が多い。妻たちの感覚では子どもが二人いれば一人が結婚すれば御の字だそうだ。私の家族では長男が結婚して家庭を持っている。次男は独身でやりたいことをやっている。結婚したいらしいがまだ出会いがないようだ。親としては次男も結婚して違った世界を体験してもらいたい。
独身と夫婦、そして、家族での生活は明らかに違う世界になる。結婚して子どもができれば、子供の成長を楽しめるという機会を持てる。
ただ、結婚しても子どもが出来ない夫婦も増えている。そんな夫婦はペットを自分たちの子ども代わりにする傾向がある。

私が20歳代の頃、28歳頃結婚できれば良いなあ!と思っていた。実際に28歳で結婚した。妻は24歳。その頃は女性の結婚が25歳を過ぎるとクリスマスケーキのように結婚する年齢の価値が下がると聞いた。今は、女性にとって35歳を過ぎたら危ないらしい。
夫婦でXiaomi Smart Band 10 スマートウォッチ シャオミ バンド (大画面 ランニング 睡眠 心拍 21日間持続 LINE通知 防水 軽量)を使って健康状態をモニターしている。今朝、妻が言った。「ああ、熟睡した感じ!スマートウォッチでもスコアが94点だわ。」今までは感覚だけでしか無かった。
自分の睡眠状態をモニター(計測・記録)することで、感覚だけに頼らず「客観的な数値やデータ」で自分の体の状態を把握できるという大きなメリットがある。
私の日課で朝食後にスマホのアプリでスマートウォッチで記録された睡眠状態データを見ている。昨夜1回午前1時頃にトイレに行ったことが記録されていたりする。ちゃんとスマートウォッチは仕事をしていることが分かる。
現在主流の標準的なAndroidスマートフォンおよびiPhoneであれば、基本機能(睡眠モニター、歩数、心拍、通知など)は問題なく利用可能である。
100歳まで長生きしても下記のような肉体の老化による影響は避けられない。杖をついて自分の足で歩き回れる状態であれば、まだ幸せである。車椅子になったら、棺桶に向かって坂道を下り始める。老人ホームに入居しても同様である。米国の大学に留学していた頃、知人の女性の実家でハロイーンを楽しんだ後に彼女の親戚が入居する老人ホームを訪問した。その時、聞いた言葉を覚えている。老人ホームは Death House であると。
老人ホームでの生活は延命治療と同じである。若さを取り戻すための場ではない。死ぬまでの過程をできるだけ穏やかに過ごせるための環境である。最終的に「死を迎える場所」になる。自宅で死を迎えられるような健康状態ならば、それは素晴らしいことである。多くの老人は病院で死ぬか、自宅で突然死するか、老人ホームで他界するかである。
70歳代、80歳代、90歳代、100歳代のシニアの印象はこんな感じである。独断と偏見でコメントする。
私の経験では最高年齢96歳の義父である。老人ホームに入居した当時は杖でなんとか歩けた。それが次第に杖から歩行車に移り、最終的に車椅子である。老人ホームでは体を自発的に動かすという意思がないとどんどん体力が落ちていく。
最近のニュースに100歳以上の人数が10万人を超えたということである。その数の中にどれだけ自活した生活が出来ている老人がいるかである。
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