100歳まで長生きしても下記のような肉体の老化による影響は避けられない。杖をついて自分の足で歩き回れる状態であれば、まだ幸せである。車椅子になったら、棺桶に向かって坂道を下り始める。老人ホームに入居しても同様である。米国の大学に留学していた頃、知人の女性の実家でハロイーンを楽しんだ後に彼女の親戚が入居する老人ホームを訪問した。その時、聞いた言葉を覚えている。老人ホームは Death House であると。
老人ホームでの生活は延命治療と同じである。若さを取り戻すための場ではない。死ぬまでの過程をできるだけ穏やかに過ごせるための環境である。最終的に「死を迎える場所」になる。自宅で死を迎えられるような健康状態ならば、それは素晴らしいことである。多くの老人は病院で死ぬか、自宅で突然死するか、老人ホームで他界するかである。
70歳代、80歳代、90歳代、100歳代のシニアの印象はこんな感じである。独断と偏見でコメントする。
私の経験では最高年齢96歳の義父である。老人ホームに入居した当時は杖でなんとか歩けた。それが次第に杖から歩行車に移り、最終的に車椅子である。老人ホームでは体を自発的に動かすという意思がないとどんどん体力が落ちていく。
最近のニュースに100歳以上の人数が10万人を超えたということである。その数の中にどれだけ自活した生活が出来ている老人がいるかである。
高校の同窓会を開催するという連絡ハガキがまた来た。高校時代、私は信頼できる友達を作れなかった。それ以上に友達と思っていた人に信頼を裏切られたという経験がある。そのため、卒業した高校に良い印象を持っていない。
過去に一度だけ高校の卒業生全員が集まるイベントに参加したが有意義に話ができたという印象は残っていない。それ以来同窓会には参加していない。今回の同窓会は四国の温泉旅館で開催される。横浜から交通費をかけて一泊二日で参加費を出していく価値はないと思っている。どうしても会いたいという友達も居ないので他人事のような同窓会である。
距離的に近い人や同窓会に関心を持っている人が行けば良い。高校の同級生たちと再会してどうなんだろうかと思っている。身近に思える友達がいない同窓会はつまらない。
健康改善や維持のために定期的な運動をしなければといつも思っているシニアが多いのではないだろうか。現実的な話、思うだけで終わってしまっている人がいる。そんなシニアが本気になってスポーツジムに通い始める時がある。
人間誰しも自分の命が危ないと感じ始めたら、藁にもすがる気持ちで新しい事に挑戦し始める。このような境遇にいるシニアは必死になってスポーツジムで筋トレを始める。切実な理由があるから体を鍛えることが続く。
年に1回の健康診断や人間ドックであなたはメタボリック症候群の対象者であるとラベルを貼られてスポーツジムに通い始めたシニアもいる。そんなシニアのお腹を見ると見事に樽のようなお腹になっている。一方で、枯れているような体でスポーツジムに通ってくるシニアもいる。
個人差とその人独自の事情で筋トレをしなければと思ってやってくる。医者は老人にできるだけ体を動かす活動や運動を進める。その裏に、そうしないと健康寿命が縮むという理由がある。健康寿命が伸びれば、普通の生活を維持でき、老人ホームに入居する時期を遅らせられる。
私が筋トレを趣味にしている最大の理由は健康寿命を伸ばせるためである。自分の力で自由に動ける自由度をできるだけ長く維持したい。そして、老衰で死にたい。健康であれば、美味しい食べ物を味わえる。自分の足で行きたい場所に行ける。そんな自由を老いても出来るだけ長く維持したい。そう思う人がほとんどではないか。
魅力的な肉体を筋トレで築く。

90歳以上で他界する人は理想の死に方の部類に入る。多くは老衰でなくなるからだ。私の義父も義母も90歳を過ぎて老衰で他界した。彼らの生活習慣や食生活を見てもこれと言って特別なことをしていない。例えば、義父は93歳頃までウイスキーを老人ホームで好きなだけ飲んでいた。生まれつき肝臓の機能が良いのだろう。
世間では長生きするための生活習慣を強調する傾向がある。
現実はどうだろうか。義父義母ともに全てを満たしていない。共通していることは良く食べていたことと好きな事をやっていたことである。つまり、ストレスを抱えた生活をしていなかった。老人ホームに入居する前も自宅で好きな生活をしていた。経済的に困るような状態でストレスを抱えることもなかった。
彼らの生活は自分たちのニーズを満たす生活を続けていただけである。長生きをしたいという話を聞いたことがない。ただ、ただ、好きな事をやっていた二人である。

長生きは健康でないとできない。大きな病にならないで日々の生活を続けられる体が必要である。私はまだ71歳である。これと言った大きな病で病院に入院をした経験はない。健康診断でも理想的な数値が出ている。その理由として定期的な筋トレ習慣がある。筋トレは私の趣味であり、老後の生活で中心的な活動になっている。好きな事をやっているからだ。
1年間に複数回食料品の価格が上がる。スーパーで食料品を買っている妻はいつもその変化に敏感になっている。夫婦二人の食費が年金生活の会計で一番多い項目になる。年金だけで生活が回っていないシニアならば、物価高騰は死活問題になる。そのため、元気なシニアたちはアルバイトやパートの仕事をやり始める。70歳代のシニア労働者が増加していると聞く。
物価高騰で得するのは株式投資や不動産価格かもしれない。年金はインフレ率よりも低く抑えられているので実質はマイナス増加になる。どこかでお金を稼ぐ方法を見つけないと生活保護に頼るシニアが出てくる。こればかりはどうしても他人事になる。
老後の生活はその人の人生の総決算になる。老いてからお金で苦労しないように若い時から準備をしていたとか、退職金を老後の生活資金として維持してきたとか、10年先の生活を予測して金銭対策をしてきたとか。備えあれば憂いなしである。
老いた人の生活スタイルを見れば、その人の若い時の人生観が見えてくる。それが老後の生活に出てくるからだ。老後にお金に困らないようにしたいならば、健康であること。体が資本になる。働ける体力があれば、年金プラスの経済環境を作り上げられる。
物価高騰で騒ぎ出すシニアには色々な人がいる。気にはするがあるがままを受け入れるシニア、気にして生活を切り詰め始めるシニア、アルバイトやパートを探し始めるシニアなどである。私達夫婦は気にはするがあるがままを受け入れるシニアである。
物価高騰はお金を使う時に感じる。以前認識していた価格との違いに気がつく時である。最近、映画館のチケット代が上がった。シニア価格が1300円であったのが、1400円になった。
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