老後に生きる目標を見失う人がシニアに多い。
私は筋トレを何故続けているのか。トレーニング結果を自分の体で見ることが出来るからだ。自分を実験材料にして筋トレが自分の健康にどう生かされているかを調べている。71歳の体を見て老人の体とは思えない見え方である。体に筋肉があるか、ないか、で体格が変わる。
筋トレや他の運動を定期的にしていない同年代のシニア男性の体は肥満でお腹が出ているか、筋肉が失われて枯れ始めているかのどちらかである。胸筋がなく薄い体。お腹に贅肉が溜まっている。そんなシニアがスポーツジムにやってくる。
老人は子供になる。自由になる時間がたくさんある。シニアは子供のようにすぐに友だちを作ってみんなで遊ぶ事ができない。一人でいる時間が多い。働けるシニアは幸せ。体が不自由になると活動範囲が狭くなり、時間をますます持て余す。
健康で自由に動かせる体を維持できれば、時間を使う上で制約はあまりない。食べたいものを食べ、行きたい場所に行ける。そんな自由を老化による筋肉の衰えで失うシニアが75歳前後に増える。フレイルの始まりである。体の自由を失うとどうなるのかという現実を認識しているシニアは多いはず。それなのに筋肉を鍛えない。
筋肉は鍛え続けることによって増える。筋肉が増えると良い事が体に生まれてくる。それを一度体感すると筋トレが趣味になる。バービー運動をやったことがあるだろうか。

AIに聞いてみたら、
71歳の男性が、全身を連動させる激しい運動であるバービー(立位からしゃがみ、腕立て伏せの姿勢を経てジャンプする動作)を10回連続でこなせるのは、極めて高い身体能力の証です。
一般的な同年代の体力水準と比較すると、以下のように評価されます。
1. 身体能力の総合評価
71歳でバービー10回を完遂できるということは、単なる筋力だけでなく、以下の要素がすべて高い水準にあることを示しています。
- 心肺持久力: 短時間で心拍数を急上昇させる負荷に耐えられる、強い心臓と肺を持っています。
- 筋力と瞬発力: 自重を支える腕や肩、蹴り出す脚力が維持されています。
- 柔軟性と連動性: 深くしゃがみ込み、素早く体を伸ばす柔軟性と、全身をスムーズに動かす神経系が健在です。
- バランス能力: 姿勢を素早く切り替えてもふらつかない、体幹の強さがあります。
2. 年齢別の立ち位置
一般的な体力測定の指標に照らし合わせると、以下のような評価が妥当です。
| 評価項目 | 内容 |
| 体力年齢 | 40代から50代前半に相当する驚異的な若さです。 |
| 健康リスク | 転倒や骨折のリスクが非常に低く、自立した生活を長く送れる可能性が極めて高い状態です。 |
| 希少性 | 同年代の男性で、この運動を正しい形で10回行える人は上位数パーセントに限られるでしょう。 |
このような評価を得た。スポーツジムでもシニアがバーピー運動をしているのを見たことがないというか、誰もやっていない。多くの人は器具を使った筋トレ、ベンチプレス、バーベルスクワット、デッドリフト、バーベル、懸垂等である。
こう言われるとますます筋トレに熱が入る。
目次
人生の後半戦に入り、それまで支えとしてきた柱がなくなる
人生の後半戦に入り、それまで支えとしてきた柱がなくなることで、進むべき方向がわからなくなる方は少なくありません。
これには、心理的、社会的、そして環境的な要因が複雑に絡み合っています。主な理由は以下の通りです。
役割の喪失(ロス現象)
長年、自分のアイデンティティを支えていた「肩書き」や「役割」がなくなることが最大の要因です。
- 仕事からの引退: 会社員にとって仕事は単なる稼ぎ口ではなく、社会との接点そのものです。退職によって「誰からも必要とされていない」という孤独感に陥りやすくなります。
- 子育ての終了: 子供が自立する「空の巣症候群」により、親としての役割を終えた喪失感が生まれます。
人間関係の希薄化
職場中心の生活を送っていた場合、定年と同時に人間関係がリセットされてしまいます。
- コミュニティの欠如: 地域の行事や趣味の集まりに参加する習慣がないと、話し相手が家族だけ(あるいは独り)になり、外部からの刺激が極端に減ってしまいます。
- 他者への貢献機会の減少: 人は誰かの役に立っていると実感することで意欲が湧く生き物ですが、その機会が見つけにくくなります。
健康への不安と身体機能の変化
体力や気力の衰えを自覚することで、新しいことに挑戦する意欲が削がれてしまいます。
- 受動的な生活: 「病気にならないこと」だけが目標になると、生活が守りに入り、楽しさを見出す積極性が失われがちです。
「余暇」の使い方がわからない
これまでの人生を「義務」や「責任」のために費やしてきた人ほど、自由な時間をどう使えばいいか戸惑います。
- 趣味の不在: 仕事一筋だったため、いざ自由な時間が手に入っても、自分が何を好きだったのか思い出せないという状況が起こります。
解決のヒント
目標は必ずしも「大きな志」である必要はありません。
大切なのは「微力でも社会や誰かとつながること」と「自分を喜ばせること」のバランスです。
- 小さな習慣化: 散歩や読書など、毎日続けられる小さな活動から始める。
- 学び直し: 興味があった分野をゼロから勉強してみる。
- ボランティアや地域活動: 報酬ではなく「感謝」を報酬として動いてみる。
もしよろしければ、身近な方のケースや、ご自身が感じている具体的な不安などについて、さらにお話を伺いましょうか?(AIの質問)
衣食住で不安はない。筋トレが趣味でやりがいがある。仕事を続けられる間は暇な時間が少ない。80歳になる前まで仕事が続けば、問題がないが。続かなければ、時間が出来る。それをどうするか。<私の返答>
余った時間と体力をどう配分するか
「仕事という大きな活動」がなくなった後に、余った時間と体力をどう配分するか。80歳以降も見据えた、建設的な時間の使い道についていくつか提案します。
筋力作りを「教える・分かち合う」側へ
現在のご趣味を、自分一人の完結から他者との交流へと広げる選択肢です。
- 同世代の指導・助言: 80代で元気に体を動かせる存在は、地域にとって希望の星です。公的な施設や地域の集まりで、無理のない範囲の運動を教えたり、一緒に汗を流す仲間を作ったりすることで、時間は「使命感のある時間」に変わります。
「知的探究」への投資
仕事で使っていた脳のエネルギーを、別の分野へ転換します。
- 歴史や哲学、科学などの学び直し: 筋力作りが「体の筋肉」を鍛えることなら、読書や執筆、あるいは研究は「脳の筋肉」を鍛えることです。終わりがないテーマを一つ持つだけで、数十年単位の時間を充実させることができます。
「住」の深化と手入れ
衣食住に不安がないからこそ、その環境をより「極める」ことに時間を使います。
- 環境の整備: 庭の手入れや、家財の整理、あるいは長く住むための細かな修繕など、自分の城をより快適に保つ作業は、意外と時間と体力を要する創造的な仕事になります。
ゆるやかな社会貢献(「働く」の再定義)
お金のためではなく、社会の歯車として機能し続けるための活動です。
- 有償ボランティアや軽作業: 責任が重すぎない範囲で、誰かの手助けになる活動を週に数回入れるだけで、生活にリズムが生まれます。
備えとしての考え方
仕事が続いている今のうちに、以下のことを少しずつ試しておくのが理想的です。
| 項目 | 具体的な行動 |
| 場所の開拓 | 仕事以外で、週に一度は顔を出す場所(道場、図書館、なじみの店など)を作る。 |
| 道具の準備 | ひとりで没頭できる道具(筆記具、調理器具、楽器など)を揃えておく。 |
| 記録の習慣 | 日々の鍛錬や思考を日記に残す。これは後に大きな達成感に繋がります。 |
「仕事がなくなる日」を「引退」と捉えず、「活動の軸を自分自身に移す日」と定義し直してみてはいかがでしょうか。(AIからの助言)
健康で体力がある間にお金を使う
今思っていることは健康で体力がある間にお金を使う。老いれば老いるほどお金を使う価値が味わえなくなると思う。 <私の返答>
お金は「交換の手段」に過ぎず、それを使う側の**「受け取り手(心身)」の感度や体力**が落ちてしまうと、同じ一円でも得られる幸福度や経験の質は目減りしてしまいます。
今のお考えをさらに充実させるための視点をいくつか整理しました。
「経験の配当」という考え方
若いうち(あるいは体力が維持できているうち)に投資した経験は、その後の人生で何度も思い出し、語り合うことで「思い出の配当」を生み出し続けます。
- 早い段階での実行: 80代になってから初めて経験するよりも、今経験しておくことで、その後の20年、30年とその記憶を楽しむことができます。
- 筋力との相乗効果: 筋トレで維持されている今の体力があるからこそ、移動や活動が苦にならず、経験の純度を最高に高められるはずです。
「消費」ではなく「投資的活用」
単に物を買うことではなく、自分の好奇心や活力を刺激することにお金を使うのが最も効率的です。
- 移動と交流: 自分の足で歩き、自分の目で見て、新しい人と話す。これには体力が必要です。
- 良質な道具や環境: 筋トレの効率を上げる設備や、質の高い睡眠のための環境など、健康をさらに盤石にするためにお金を使うことは、将来の自分への最高の贈り物になります。
価値が目減りする「限界効用」
おっしゃる通り、食欲が落ちれば美食の価値は下がり、足腰が弱まれば絶景を求めて旅する意欲も薄れます。
- 「今」が最もコストパフォーマンスが良い: 同じ金額を投じても、今の体力と感性であれば、その価値を120%引き出せます。
- 「いつか」を「今」にする: 老後のために貯め込むよりも、今しかできない体験に資源を配分するのは、人生全体の満足度を最大化する戦略と言えます。
今後の時間の使い方へのヒント
現在の「仕事」と「筋トレ」という充実した軸に加えて、**「これにお金を使ったら自分の感性が喜ぶ」**と思えるものを、今からリストアップしておくのはいかがでしょうか。
「貯金通帳の数字」を増やすことよりも、「経験の履歴」を増やすことに重きを置く。
AIに相談して得た助言に対して、私はこう思う
筋力作りが「体の筋肉」を鍛えることなら、読書や執筆、あるいは研究は「脳の筋肉」を鍛えることです。終わりがないテーマを一つ持つ(AIの助言)。
終わりのないテーマとしてこのウエブサイトがある。自分の老後人生で感じたこと、経験したこと、新しく発見したことや気づいたことなど同年代のシニアに発信することである。自分を見つめて、他界するまでの時間をどのように使っていくかを考える。
年齢とともに身体能力は少しづつ失われていく。私の視力や視野がまっさきに問題になる。緑内障を治せる薬や手術が生まれてくれば、私の悩みは消える。白内障は手術で治せるが緑内障は症状の悪化を遅らせるだけである。
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結論:
老後に生きる目標を見失うシニアは多い。これは確かである。団塊の世代で猛烈社員として頑張ってきたシニアはその延長線上に自分の存在を求める。そのために経営支援NPOクラブに参画して中小企業の営業支援をしているシニアが多い。だが、参画しても営業力がある方のみの独占場である。他のシニアは傍観者。私もその一人であるが、私独自の仕事があるのでそれで構わない。
AIの回答はポイントを付いている。助言を見てもそのとおりであると思うのだが、出来ないという印象がある。私の結論は「好きなことを見つけて楽しむこと」である。これしかない。