定年退職して起業でビジネスを始める。数年が経過すると自分の手で生活ができるという自信がつく。こうなるともう二度と会社組織で働きたいとは思えなくなる。数年の起業で失敗すると自営の怖さを知る。もう一度、会社で働きたくなる。会社にぶら下がった生活が如何に楽な生活であるかを再認識するからだ。

だが、年齢が65歳になると会社組織で仕事ができなくなる。年齢で雇用されなくなるからだ。

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雇用は65歳が限界、あとは自分のビジネスを始めるしかない!

シニアが起業で自分のビジネスを始めると今まで知らなかったことを学び始める。良いこともたくさん学べるし、悪いことも同様に。自分が起こしたビジネスが軌道に乗り始めると自分自身になかった起業家の自信がつく。今までは、会社から給与を頂いていた生活で自分で稼いだという感覚がなかった。

長年組織の中で使われてきたシニアは、自分の手でお金を稼げたという事実に新鮮な快楽を覚え始める。会社の中にあった上司からのストレスが生まれない。理不尽なことも起きない。やること全てが自分に起因するから失敗も素直に受け入れられる。それゆえに生まれてくるストレスは自然なものだ。

ビジネスは、浮き沈みがある。数年間は順調であっても時代の変化と市場ニーズ、そして、競争で会社を閉めるという事態になることもある。会社を解散して、また、どこかの会社で働かねばならない境遇になると精神的に違和感を覚え始める。しばらく、自分で全てをコントロールして生きて来た環境から他人の指示と管理下で自分の時間が使われる立場になる。違和感とストレスを感じ始める。

自分が社長であった頃は、自由で仕事自体に快楽を感じるほどの充実感がある。そう思っているシニア起業家が多いはずだ。一度、鳥かごから放たれて大空で飛び回る小鳥は二度と籠に戻らない。その自由という快楽を知ってしまうと不自由な他人の会社で働く気持ちになれない。

定年退職後、直ぐに他の会社に転職したシニアはこんな感覚を持てない。飼いならされた犬と同じだからだ。自由という快楽を味わえる世界を知らないため、今まで過ごしてきた籠の世界が全てだと思っている。

年齢が65歳を過ぎると雇用でタイムリミットがやって来る。それが、今の社会である。会社は役に立たない高齢者を容赦なく切る。65歳過ぎで新しき雇用主を探すのは誰が考えても難しい。鳥かごでの生活が長い人が大勢首を切られると同じ環境を求める人達の間で競争が激しくなる。雇用機会は非常に少なくなるのは当然だ。

私は、そんな状況にいる知人や友人を知っている。幸運にも私のビジネスは、まだ、生きている。この数年の内に年齢にあったビジネスモデルに移行する。今のビジネスモデルは、5年以内にビジネスとしての魅力が薄れてくるのが予測できるからだ。そうなる前に新しいビジネスモデルの柱を構築しなければならない。 

起業でビジネスを始めると無から有を作り出す喜びを楽しめる。 

ぶら下がった生活が長いシニアが、起業しようと思ってもなかなか決断ができないのが分かる。できるならば、楽な生活を続けたいという本音があるからだ。

現実は厳しい。自分が経営者であれば、ぶら下がって給与だけをもらっているシニア社員を給与が安い若い社員に取り替えたいと思うはずだ。シニア社員は、自分で起業してお金を稼ぐという状況に追い込まれる。それか、少ない年金だけで生活を送るかだ。生きがいが有れば、年金生活もしのげるだろうが、自分で一歩足を出す生活が出来ないシニアはつまらない余生を送るだろう。

結論

起業しても成功する保証はない。失敗する確率が高い。65歳を過ぎると3つの選択肢が提示される。年金生活に入って引退するか、自分でビジネスを始めてお金を稼ぐ。起業ができなければ、パートやアルバイトをして小遣い稼ぎをする。正社員や非正規社員で再就職する可能性は限りなく低い。年齢制限で雇用対象外になる。

60歳、65歳のシニアはまだ働ける体力と気力がある。ただ、雇用機会がない。残る手段が起業である。起業して分かることが沢山ある。雇用される側の考え方と雇用する経営者の考え方が180度違うことである。今まで見えていなかった事実を起業して分かることが多い。

例えば、経営者はなぜ60歳を過ぎた人を雇わないかである。経営者は売上を増やし、利益を出すために人を雇用する。楽な会社員生活を求めるシニアは即戦力に繋がりにくい。発想面で時代についていけていない。変化に適応できないシニアが多い。