3月に義父の三周忌が行われる。義父の兄弟で一番下の弟から電話が来た。兄の三周忌には出られない。その理由は90歳代になって足が不自由になったことと彼の奥さんも80歳代後半になり歩行が怪しくなってきているということである。

老いは足から来るという事実を身近に感じる。同時に自分の足で外出が出来なくなると社会から自分の姿が消えていく。自宅での生活が主になると親戚や自分たちの子どもたち家族以外に自分の存在を知られることがなくなる。生きていても社会はそんな人の存在に気が付かなくなる。

孤独死が起きる理由になる。親戚や別の場所に住む家族が気が付かないうちに亡くなっていたという事件がたくさん起きている。

孤独死を避けたければ、家族や親戚の誰かに見守ってくれる仕組みを作っておくべきである。問題は兄弟姉妹が老いて高齢になるとお互いに連絡したり、会ったりする機会が減ってくることである。私には兄と姉がいる。二人ともに健在で離れた県に住んでいる。会うときは子どもたちの結婚式ぐらいである。それらのイベントがなくなれば、特別なことがない限り会うことはない。

子供の家族と一緒に生活することができれば、孤独死はなくなる。ただ、多くのシニアは自分たちだけで生活を送ることを好む。気兼ねなく自分のライフスタイルを送れるからだ。好きな事を気兼ねなく出来る自由に価値を置いている。

死と隣合わせで生きている私達

若くても老人でも死はいつも隣り合わせの存在であると思っている。この世の真理は生と死である。アマゾンの原住民がNHKドキュメンタリーでこんな事を話していた。「私達は死ぬために生きている」

71歳の私は自分の命が長くないことを知っている。あと20年ぐらい生きられればラッキーかも知れない。その20年間で身体に色々な不自由な事が襲いかかってくる。自分の体が今までと同じように自由に動かすことが出来なくなることは確かである。

becoming old

車椅子の先はベッドで死を待つことになる。自分の力で動けなくなることは人間も動物も死を意味する。残されている私の時間は若い人たちよりも短いことは確か。だからこそ、自分が満足できる時間の使い方をしたいと思っている。

残された時間を好きなように使う

自分の時間を自由に使えるには人によって前提条件がある、ないの違いがある。

前提条件 

  1. 健康である(持病で活動が制約されるなど)
  2. 経済的に余裕がある(働く必要がない)
  3. 何に時間を使いたいかが分かっている

自分が一番リラックスできることは何か。いい気分になれるのはどのような時か。自由に使える時間があっても何に使えば良いかが分からないと意味がない。

横浜駅周辺の地下商店街でシニア男性以上に見かけるシニア女性。彼女たちは健康で経済的に余裕があるので気楽に外出してくる。シニア男性と同様に何もこれと言ったことをするために横浜駅まで出てきたのではない事が行動からわかる。元気な老人たちは子供のように遊びを見つけられない。

自分がやりたいことが見えていないから町中に出てきて気分を逸らす生活になる。シニア女性が一番喜ぶ活動は友達とお喋りをすること。シニア男性はこれが出来ないし、それで喜びを感じない。70歳を過ぎれば、多くのシニア男性は引退生活に入る。仕事をしているシニアもいるが生活のためにしている人が多い。仕事が生きがいと思うシニア男性は自営業である場合がほとんど。

老後の時間があっても上手く使えない 

私は自営業者であるため仕事がある。好きなビジネスで起業したので周りからのプレッシャーや制約はない。売上が減っても生活に困らない。年金だけでも生活が出来る、生きていけるので生活のために仕事をしていない。生活で足りない物はない。大きな買い物はないのでお金で困ることもない。その前に、何かを買うという購買意欲がない。これは多くの老人に共通しているのではないか。

老人の時間は価値がある。その時間が老化とともに減っていくのがわかる。老いは自分の肉体と健康を食べる。70歳代と80歳代の違いは何か。自分で自由に動ける自由があるか、無いかではないか。80歳代なれば、自分の足で活発に動ける人は少なくなり、大部分は活動範囲が狭まる。遠出は出来なくなる。自宅や近所が生活活動範囲になる。

当たり前なことが当たり前にならない生活に移る。肉体と健康の衰えは自分の時間を有効に使えなくさせる。私は年齢に合わない肉体改造を行っている。71歳になって浴室の鏡に写った裸を眺める。60歳代の時よりも体格が良くなった。贅肉が減り、筋肉が増えてきたからだ。

趣味が生きがいを育てる種になる

健康のために筋トレを長年やってきている。60歳までは週1回が習慣であったが、還暦を機会に週2回に増やした。そうしたら、筋肉と筋力が増加した。今まで出来なかったことが出来るようになった。今日もスポーツジムで筋トレをしてきた。60歳代に出来なかったL字懸垂が1セット5回出来るようになった。L字懸垂は若い人でも出来る人は少ない。私の年代は殆どいないと言って良いほどきつい。そのおかげでへその下あたりの贅肉が減ってきた。

継続している筋トレで自分の肉体が少しづつ変わってきているのが自覚できる。筋トレは趣味であるが、今では生きがいになっている。筋トレをやっているメリットが有り過ぎるからだ。

私が享受している筋トレのメリット

  1. 健康を維持できている(毎年の健康診断で数値が良くなっている)
  2. 生活習慣病とは縁が無い
  3. フレイルとは絶縁している
  4. 魅力的な逆三角形の肉体
  5. 1日10キロ以上歩ける脚力
  6. 10歳以上若い肉体と体力
  7. 基礎代謝量が高いため、たくさん食べても数日で体重がもとに戻る
  8. 同年齢の男性と肉体を比較するとその違いが歴然とする
  9. 緑内障以外に病気はないので病院とは友達にならない
  10. 孫から「ジジはなぜそんなに筋肉があるの?」と聞かれる。他の老人との体格の違いに気が付いている。
  11. 筋トレ日、翌日、翌々日で体の調子が違っているのが分かるし、良くなって行くのが楽しめる。

筋トレの魅力に取り憑かれる男性は多い。特に若い男性はそうである。シニアでも別の意味で定期的にやる筋トレの魅力に取り憑かれる人もいる。自分が楽しめる、やることで違いを自覚できる、他人が違いに気づいてくれるなどの効果を楽しめる。

今の生活は筋トレを中心に動いている。筋トレのおかげで健康でいられ、普通の生活が送れている。やりたいことが自分の体で出来る。ある意味で老化現象を遅らせて生活が出来ている点である。

 

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結論:

77歳になった長男の兄がLINEチャットであと3年生きられるかなと書いてきた。糖尿病を抱えて生活をしている兄である。まだ普通の生活が出来ているが、薬が必要である。生きられるかどうかは誰にも分からない。私でも突然死や事故死になるかもしれない。神のみぞ知るである。

誰にでも死はやってくる。そして、世代交代が進む。孫が成長して結婚し、子供を作る。そして、古い世代はこの世を去っていく。私の両親もその流れでこの世を去っていった。この世を去る日まで好きな事をやる。そんな自由を満喫するしかない。