95歳の義父は足の筋力を失い、歩行障害で自立した生活が自宅で出来なくなったため自分から介護付き有料老人ホームに入居したいと私達夫婦に頼んできた。一軒家の一人生活が我慢できなくなって快適な生活を介護付き老人ホームに求めた。認知症は全然なく、頭脳は普通の人以上に明快である。足腰の不自由がなければ、ずっと一人生活を続けられるくらいである。

私達の住居から20分ぐらいかかる横浜の介護付き有料老人ホームに入居して1ヶ月が過ぎた。入居したての1周間は快適な生活に非常に満足していた。食事を一人で作る必要がないことやお風呂に週3回入れること。快適な気温に設定された部屋でお酒を飲みながらテレビを楽しんでいる。

1ヶ月が過ぎた頃の面会時にこんな小言を言ってきた。認知症の入居者がいて普通の会話が成り立たない。男性の数よりも女性の数のほうが多い。提供される食事の味が薄い。一つだけ喜んでいたことは若い女性スタッフがお風呂で体を洗ってくれるということ。

彼にとって介護付き有料老人ホームの生活は思い描いていた生活とは違っていた。

介護付き老人ホームの生活は普通の人の生活ではない

義父が生活をしている介護付き有料老人ホームは自立、要支援、要介護の老人たちが入居している。平均年齢が90歳前後。認知症の入居者と一緒の居住になる。その比率がどんな感じであるかは分からないが、認知症でない義父にとっては普通の生活空間でない。頭脳が明晰であると老人ホームでの生活が異次元の生活空間に見えるらしい。

認知症の入居者との共存生活

普通の人が認知症の人と話をする時、何かおかしい、どうも普通の人とは思えないという感覚に襲われる。介護付き有料老人ホームは認知症で家庭で生活が出来ない老人が入居してくる。程度に差があるが、ちょっと話してみればおかしいという印象を受ける。

義父は認知症の老人がこんなにいるとは思っていなかったらしい。老人ホームでは住む世界が限られているため自分の部屋を出れば、認知症の入居者と出会う。足は不自由になったが頭脳はしっかりしている老人にしてみれば、老人ホームの世界はちょっと異常に映る。

毎食時、食堂で初めて出会う老人と会話をすると、「ああ、この方も認知症になっているのかな。」と感じるらしい。会話がまともに出来ない、話している内容が何度も繰り返される、一方通行の話しかしないなど。普通の人の会話でない。

結局、認知症でない入居者同士が自然と集まるようになる。認知症の入居者を避ける生活が始まる。

女性の入居者が多い

男性よりも女性の方が平均寿命が長い。当然、老人ホームに入居してくる老人は女性が多くなる。女性はお喋りができる相手が見つかればそれで幸せなのだが、男性にとっては共通の趣味や関心事がないと会話は始まらない。

95歳の義父は同年配の女性入居者には関心がない。彼が興味を持つのは若い介護スタッフの女性たちである。男性は何歳になっても若い女性に目が行く。95歳で性的な興奮が有るかどうかはわからないが、見ているだけで心地良い笑顔になっている。

古女房よりも若い女性という感覚は男性ならば誰でもある。老人ホームの世界は高齢の女性入居者と若い女性の介護スタッフで上手くミックスされている。義父のお好みは老人ホームの副施設長の女性である。30歳代で誰が見ても魅力的で可愛い。

食事内容が老人食用である

老人ホームの食事は栄養士の監督の上で作られているため、塩分少なめで全般的に柔らかくなっている。義父は入れ歯なしでは食事が進まない。そのため、硬い食べ物は意識的に避ける。老人ホームではそんな気遣いはいらない代わりに味の濃さが薄まる。

老人ホームは外部委託業者に調理を任せている。料理は施設内の調理場で作られるが、限られた予算の中で作る料理であるのでレストランで食べる料理と比べたら味は落ちる。特別職のメニューがこの老人ホームにはある。リクエストに応じて別途料金でレストラン並みの料理が提供される。義父はお寿司をお願いしていると聞いた。

料理の味が分かる入居者とそうでない老人がいる。味に満足しなければ自然と好き嫌いが生まれる。老人ホームの売りに「料理の良さ」がある。そんな老人ホームは比較的料金が高い。月額40万以上の老人ホームが多い。彼が入居した老人ホームは横浜の介護付き有料老人ホームレベルで月額35万円ぐらいである。

決して高くはなく、安くもない。料理の良さを売りにしていない老人ホームであるので食事はそれほど美味しくないのかもしれない。平均年齢が90歳の老人ホームの老人の中でどれだけ食事の味を気にする人がいるかである。

結論:

95歳の義父は歩行障害、難聴ぐらいで認知症にもなっていない。頭は明晰で時代に追いついている。文藝春秋を毎月読みながら国内情勢を知り、世界の動向をBSの番組から情報を得ている。普通に接して何も問題がない会話が出来ている。筋力と歩行障害だけを除けば、元気な普通の老人である。

そんな普通の老人が介護付き老人ホームで生活を始めると認知症の入居者との共同生活が嫌になるらしい。老人ホームに入ってくる老人の殆どが男性ではなく女性である。彼の介護付き老人ホームでは男性20%、女性80%である。平均年齢が90歳ぐらいである。

足が不自由なため自立した生活を諦めて介護付き老人ホームに入居した彼なのだが、新しい生活様式の老人ホームの暮らしは普通の人の生活と同じではないことに違和感を覚えている。彼は自分と同じような老人が大勢いる老人ホームでの生活を望んでいる。現実はそのような介護付き老人ホームはない。

普通の世界でない老人ホームの独特の生活と世界に適応せざるを得ない。