神田に古本の書店が並んでいる。何度か足を運んだことがある。あまりにも沢山専門書籍がありすぎる。いつも、誰かが本を探している光景が見える。古本屋のビジネスは、本当に儲かっているのだろうかと時々疑いたくなる。現実、神田は古本屋のビジネスで成り立っているから儲かるのだろう。

本が好きな人は読みたい本を探す。私も読みたい本は図書館で探すのだが見つからない場合は神田の書店を歩いて回る時がある。特に昔の書籍は通常の本屋では見つかりにくい。神田の古本屋を見ると色々な人が本を探しているのが分かる。

古い本には人を引き付ける魅力がある。

出会いがあった本で人生が変わる!

「世界最大 古書の迷宮へようこそ」のドキュメント72時間に登場したシニアの方々は自分の死を意識して余生を好きな本を読んでで過したいという。それほど、本が好きな人たちだ。そこまで私は本に魅せられていない。

本は自分の人生に影響を及ぼす

ただ、 今までの人生で感銘を受けた本は何冊かある。その一つに「インターネットは宝の山」という翻訳本がある。その本の影響で今の仕事に導かれたと言うか、今の人生を送っている。印象に残る本は、精神的に追い詰められて何かを求めている時に出会う。そして、そこで生きて行くヒントをもらう。普通の生活では、常に本を読む習慣がない。

本が好きな人は、絶えず、本を読んでいないと気が済まない習性があるようだ。本当に読み切る人とただ積んでおく人がいるようだが。

紙の本と電子書籍

電車の中でスマホやタブレットで電子書籍を読んでいる人を見かける。最近、若い人はスマホで電子書籍読んでいる。多くは、漫画なのだが。若者の紙離れが進んでいるのだろう。新聞購読をしない若者が多い。FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアから速報を受けて外部の情報を得ている。

情報を得る選択幅が増えてその媒体が紙から電子媒体に広まった。速報などは、電子媒体の方が速いしコスト安だ。じっくり知識を吸収しようとする時は、紙媒体が好まれる。電子媒体での情報伝達の広がりは、紙という媒体を無くす運命なのだろうか。

電子媒体の情報は、情報を受信して映し出す端末が必要。バッテリーが切れたら情報は受け取れない。一方で紙媒体はそれ自体で成り立っている。バッテリーもいらない。二つの情報伝達媒体はお互いを補完し合いながら私たちの生活の中で生きている。

歴史を紙の本は物語っている

「世界最大 古書の迷宮へようこそ」の番組で江戸時代の書籍(解体新書らしき本)が数百万円という価格で紹介されていた。原本だ。歴史を紙の本は物語っている。電子媒体ではそんな味は得られない。電子媒体の書籍は、今のところ、視覚と音声でしか体感できないが、紙の本は視覚と触覚と嗅覚で楽しめる。本の古さからその時代を想像する。電子媒体にない独特の魅力がある。

ネットで探しても見つからない本が神田の古本屋街にある。それも神田の古本屋の魅力である。本マニアが神田の古本屋を生かしている。捜している本が見つかれば、無理をしてまでも買う人が多い。それだけ価値があると認識しているからだ。他人から見たら無価値な本でもその人にとってはダイヤモンドのような価値を持っている。

古書の迷宮

本好きな人は古書の迷宮を楽しめる。迷宮にいるだけで幸せを感じる。そんな人生の楽しみ方もある。それは私の人生の楽しみ方ではないが、色々な世界の楽しみ方があると言うことが分かる。

新しい本だから書いてある内容が良いというわけでもない。色々な事情で人間が勝手に真実と呼ばれる内容を書き換えている。戦争時と平穏時では、意図的な情報操作に違いがある。 

私の子供たちには本の内容を100%と信じるなと言っている。あくまでも参考情報として自分で感じる現実をコアにして情報を解釈すべきと伝えている。自分の人生は他人の人生とは違う。本に書かれていることを実行しても結果は同じにならない。 

古い、新しいに囚われず本は私達の人生の参考になる。時代を問わず人間が書いているからだ。その時代の人間が感じたことを未来の人に伝えようとしている。古書には本が書かれた時代を知る材料が残されている。

結論

「世界最大 古書の迷宮へようこそ」のドキュメント72時間で紹介された人たちは古本の魅力に囚われた人たちである。彼らの余生は神田の古本屋巡りで十分楽しめるようだ。本は私達の人生に影響を与える。そんな本に出会うには本を読むしかない。時代を問わず本は私達に生き方のヒントを与えてくれる。古書はタイムトラベルを頭の中で可能にする。今と昔を古書で行き来できるからだ。