高齢者が望む生活とは何か? - 仕事、健康、筋トレ、暇

闘病をしたときにいつも思う事がある。普通の生活が出来る事がどんなに幸せであるかを!病気で普通の行動が制限されると自由が束縛される。今までの生活がどんなに幸せであるかをその事が思い知らせてくれる。

94歳の義父が東京の自宅で一人生活をしている。私達夫婦は週1回1泊2日で介護支援に行っている。義父は私達がやってくるのを楽しみにしている。自分で出来ないことを頼めるからだ。一人で生活する上で最低限のことを自分でやっている。出来ないことはそのまま私達がやることになる。

自分が出来る範囲で自宅での生活を送っている義父だが、好きな事をして老後の生活を楽しんでいる。多くの老人はこんな義父の生活を羨ましがる。年齢的に老人ホームで生活していておかしくないからだ。実際、彼の知人友人はすでに老人ホーム生活になっている。

彼の生活は老人ホームに入る一歩手前にいる。足の力がもっと失うことになれば、自宅を動くのが困難になる。その時点で一人暮らしは出来なくなる。

自宅で普通の生活を続けたい!

普通の生活が出来ている人は、私を含めて贅沢な生活をしているのかもしれない。若い人たちが安月給で不満を愚痴る。普通の生活が維持できているのに愚痴る。もっと、高級な生活を求めているからだろう。彼らは、今の状態が幸せの世界にいるという事に気がついていない。

若者は、高齢者と違って老いから来る不自由な身体的制約を知らない。年寄りになってみないと理解できない老化である。私も若い頃は、話で理解できていても実感がなかった。そのため、今になって初めて老いから来る身体的不自由を体感している。

体が老いてくると持病が生まれる

65歳の私の持病は緑内障と腰痛である。緑内障は治す薬がない。視野が時間と共に失われていく。そのスピードを遅らせる点眼液はあるが治癒する薬ではない。腰痛は、色々な原因がありすぎて何をどうすれば良くなるのかがはっきりしていない。腰を痛めると体を動かすときに痛みやしびれを感じる生活を余儀なくされる。

若い頃はこんな病気なんか知るよしもなかった。私には縁が無いものと思い込んでいた。体が老いてくると体の一番弱い場所から色々な症状が表面化する。そして、それで悩み苦しむ。今まで必要もなかった病院通いからストレッチ運動までやる事になる。普通の生活が徐々に出来なくなる生活に移る。

お金よりも健康に価値がシフトする

80歳を越える老人が自分で苦労してゆっくりと散歩する事がどんなに幸せか本人しか分からない。足の筋肉が衰えると足を動かす事が難しくなる。外へ散歩に出る事も大変になる。今まで日常生活で出来ていた事が出来なくなる不自由さは苦痛である。そんな苦痛を味わい続けている老人が一人で杖をつきながらスターバックスにコーヒーを飲みにやって来る。

財布に100万円あっても自分の足でスターバックスに行ってコーヒーを買って飲むことが出来ない不自由さが多くの高齢者に降りかかる。元気で健康な体さえあれば、お金は何とか稼げられる。健康を害したらお金で直ぐに治せない。体が資本である。

60歳を過ぎればお金よりも健康に価値観がシフトするのが肌で分かり始める。普通の生活が出来る体は老人になればなるほど価値が増す。

若い人も類似の境遇に陥るのが闘病生活になったときだ。自分の自由が病気で制限される。制限されると人間誰しも苦痛を感じる。闘病生活は、普通の生活でない生活だ。普通の生活以下の生活になるから普通の生活に戻ったときに幸せを感じる。普通の生活に慣れるともう幸せを感じなくなる。それが当たり前の生活になるからだ。高齢者の生活は、そのようにはならない。不自由な生活が年齢とともに続く。

老人ホームよりも自宅での生活

高齢者は親の介護を経験しながら自分の老後をどうするべきかを考える。家族の支援無くして自分の生活が維持できなくなるような老後は誰も望んでいない。自分自身の世話は自分で出来る普通の生活を望む。それができていれば、自宅で今までと同じ生活を送ることが出来る。

老人ホームに入居すれば自分が出来ない身の回りのお世話を介護ヘルパーがやってくれる。第三者の支援なしに自分の生活を維持できない体を悔やむ。その状況を自分の親の介護で味わっている。その生活が決して望んだ生活にはならないことを理解している。

94歳の義父が東京の自宅で一人生活をしている理由の一つが自分の自由を確保できるということにある。彼曰く、老人ホームの生活になると私は認知症になって他界するのが早くなると。自宅と老人ホームではトレードオフがある。介護支援がある環境と自由な環境をトレードしなければならない。その上、多額のお金が発生する。

結論

普通の生活を出来るだけ長く維持したいと思っている老人たちが沢山いる。高齢者にとって普通の生活を維持することに価値がある。それを可能にするには、健康で体力がないと駄目である。どんなにお金があってもお金で買えない。老いからくる体の不自由さを何とか解決できれば自宅で普通の生活が送れる。

 


my profile pictureこのページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

Joomla CMSを使った法人・個人サイト構築で独立。51歳の時に会社を卒業。雇われる生活から自分を雇う生活になる。ソニー(株)、Yahoo!ジャパン(株)でインターネットビジネスの面白さを味わい、個人でも法人と競争が出来る隙間市場があるのに気が付いた。生涯現役でインターネットの世界で生きて行く。Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA.

シニアの生活は、体の老化に従って変わって行く。その体験記をこのブログで書いている。