高齢者が望む生活とは何か? - お金、筋トレ、健康、仕事

闘病をしたときにいつも思う事がある。普通の生活が出来る事がどんなに幸せであるかを!病気で普通の行動が制限されると自由が束縛される。今までの生活がどんなに幸せであるかをその事が思い知らせてくれる。

出来ていた事が出来なくなる高齢者の生活を危惧する

普通の生活が出来ている人は、私を含めて贅沢な生活をしているのかもしれない。若い人たちが安月給で不満を愚痴る。普通の生活が維持できているのに愚痴る。もっと、高級な生活を求めているからだろう。彼らは、今の状態が幸せの世界にいるという事に気がついていない。

若者は、高齢者と違って老いから来る不自由な身体的制約なんか知らない。年寄りになってみないと理解できない事だが。私も若い頃は、話で理解できていても実感がなかった。そのため、今になって初めて老いから来る身体的不自由を体感している。

二つ私を苦しめている事がある。

緑内障と椎間板ヘルニアだ。緑内障は治す薬がない。視野が時間と共に失われていく。そのスピードを遅らせる点眼液はあるが治癒する薬ではない。椎間板ヘルニアは、色々な原因がありすぎて何をどうすれば良くなるのかがはっきりしていない。腰を痛めると体を動かすときに痛みやしびれを感じる生活を余儀なくされる。

若い頃はこんな病気なんか知るよしもなかった。私には縁が無いものと思い込んでいた。体が老いてくると体の一番弱い場所から色々な症状が表面化する。そして、それで悩み苦しむ。今まで必要もなかった病院通いからストレッチ運動までやる事になる。

歳を取ってくるに従い普通の生活が段々と出来なくなる。

80歳を越える老人が自分で苦労してゆっくりと散歩する事がどんなに幸せか本人しか分からない。足の筋肉が衰えると足を動かす事が難しくなる。外へ散歩に出る事も大変になる。今まで日常生活で出来ていた事が出来なくなる不自由さは苦痛である。そんな苦痛を味わい続けている老人が一人で杖をつきながらスターバックスにコーヒーを飲みにやって来る。

その老人にとっては、凄く新鮮で嬉しい一時なのだ

不自由な体にむち打ってやっとスターバックスのイスに座って周りの世界を味わう。その事自体が普通の生活ではなくなっている。今までの普通の生活が老いてくる事で普通でなくなる。それが歳を取るという事なのだろう。

若い人も類似の境遇に陥るのが闘病生活になったときだ。自分の自由が病気で制限される。制限されると人間誰しも苦痛を感じる。闘病生活は、普通の生活でない生活だ。普通の生活以下の生活になるから普通の生活に戻ったときに幸せを感じる。

普通の生活に慣れるともう幸せを感じなくなる。それが当たり前の生活になるからだ。高齢者の生活は、そのようにはならない。不自由な生活がもっと不自由になっていく。

高齢者ほど老いる事を楽しむべきと言われる。それしか老いに適応できないからだ。

私は、まだ、そのコンセプトを自分なりに消化していない。私が出来る事は、筋肉運動を出来るだけ長く継続してやり続ける事だけだ。80歳になってもジムでベンチプレス80キロぐらい上げていたい。筋肉を鍛えるメリットは、自分で自分の体を動かせる能力を維持できる事だ。

普通の生活を出来るだけ長く維持したいと思っている老人たちは沢山いる。高齢者にとって普通の生活が出来ることが幸せになる。


my profile pictureこのページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

Joomla CMSを使った法人・個人サイト構築で独立。51歳の時に会社を卒業。雇われる生活から自分を雇う生活になる。ソニー(株)、Yahoo!ジャパン(株)でインターネットビジネスの面白さを味わい、個人でも法人と競争が出来る隙間市場があるのに気が付いた。生涯現役でインターネットの世界で生きて行く。Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA.

シニアの生活は、体の老化に従って変わって行く。その体験記をこのブログで書いている。