仕事をしていないシニアは、1日何をしているのだろうか。一人で何かをしているはずだ。友達が多くいるというシニアでもいつも友達が隣にいるわけではない。友達と一緒にいる時はそれなりの理由が必要になる。

暇な友達が数人集まるとカフェに行ってバカ話が始まる。会社の元同僚であれば、昔の仕事や会社の話になる。友達と一緒にいる間は楽しいが、いつも一緒ではない。時間の経過で一人、一人、この世から消えて行く。長生きをした人だけが最後に残り、一人になる。寂しさを和らげる方法を知らないと余生がつまらなくなる。

私は友達らしい友達がいない。知人はいるが、いつも顔を合わせて遊んだり、悩み事を話すような友達はいない。一人で仕事をしているので同僚も上司もいない。他人から見れば遊び仲間がいない、友達がいない、寂しいシニアと映る。

いつも、疑問に思う事が有る!友だちがいるから寂しくないという人がいる。本当にそうだろうか。老後のひとり暮らしは誰が考えても寂しい。

老後のひとり暮らしは誰が考えても寂しい。

老後の一人暮らしは寂しいからその問題を解決したい

女性と男性では友達の種類と質が違う。家内はいつも私にこんな事を言う。

「あなたは友達が一人もいない寂しい人よね。だから、私が遊び友達になってあげているのよ!」

妻は地域に根が生えている。子供を育てる過程で地域の母親たちとグループを作って交流している。子供を持つ母親グループは一つだけではない。3つのグループで友達付き合いをしている。おしゃべりをする相手に困らない。

私たち旦那衆は会社の同僚との付き合いが若い頃はあったが、定年した時点で上司や同僚、そして、部下との付き合いは途切れてしまう。糸が切れた凧このようにフラフラしている。学生時代の友達は疎遠になり友達であったという過去形になる。

私の場合は、小学校、中学校、高校、大学が違った都市や国にいたので友達になっても続かない。そのため、時間の経過とともに友達であったと過去形になり、一人になる。そのことを家内に話すのだが、男の心情は理解できないらしい。

友だちがいれば寂しくない?

私には友達が沢山いて毎日交流をしているから寂しくないというシニアに会ってみたい。本当に友達が沢山いればシニアの老後は楽しいのだろうか。

一人でも寂しくない

毎日友達と会っていると飽きてこないのだろうか。子供の友達とは違って遊びだけが人生ではない。ただ、暇な時間を潰す方法が友達と一緒に何かをする、ただブラブラするだけなのかもしれない。私には仕事がある。自分が作りだした仕事であるので創意工夫が出来る。いつも、売り上げを増やす事を考えている。一人でいる時がほとんどだが、友達が一緒にいないと精神的に不安になり寂しさを感じるという事は無い。

私には友達がいないがビジネス関連の知人はいる。付き合いは深くないが、懇親会があれば参加しておしゃべりはする。お酒は強くないが、お付き合いぐらいは出来る。懇親会はビジネス勉強会後に開催される。友達ではないが、月1回勉強会で顔を合わす仲間たちである。寂しさはそんな仲間たちと交流するだけで何処かに行ってしまう。

寂しさは感じ方で決まる。友人がいる、いないではない。暇な時間をつぶす仲間がいれば済む。暇な時間がなければ、友人も仲間も一緒にいる必要はない。

友達を作るよりも知人を作るほうが簡単

妻は私を寂しい人のように見ているが、知人と楽しむ機会は持っている。生きている時間を楽しむために友達がいなければならないという理由はない。顔見知りの知人がいれば良いだけではないか。

一番つまらない事はどんなにたくさん友達がいても没頭する事が無いで生きているシニアである。 友達と一緒にいる時間よりも一人でいる時間の方が長い。一緒にいても寂しさを紛らわすならば顔見知りの知人でも良い。友達は簡単には作れない。知人は顔見知りになれば知人になる。

男性は女性と違ってお喋りする相手がいなくても生きて行ける。女性はお喋りが出来ないと精神的に参るだろう。今、スタバでこのブログを書いているのだが、横に座っている70歳代のおばあちゃんたちがおしゃべりに夢中になって大声を出している。お喋りが止まらない。なぜ、あんなにたくさんお喋りが出来るのだろうか。

友人も知人も時間の経過で消えて行く

どんなに友達や知人が沢山いても最後は一人になる。友達、知人は自然に他界して行く。長生きをすればするほど一人になる。一人になることを恐れてはいけない。一人でいることを楽しむ方法を事前に学べば一人で寂しいという精神状態に落ち込まない。

何かに没頭できる事を持っていれば、一人でいることなんか問題で無くなる。私の知人はNPO団体で中小企業の支援をしている。自分の職歴、専門知識、ビジネス経験が生きるからだ。やりがいを感じるからNPO団体で積極的に活動している。お金が目的ではなく、やりがい、生きがいである。

孤独や寂しさは暇な時間がたくさん生まれた時に直面する。好きな趣味に没頭していると時間が過ぎるのが早く感じる。やるべき事が沢山あると孤独や寂しさを感じる時間もなくなる。思考と感情は目的に向かって行く。70歳を過ぎると仕事を離れるシニアが多くなる。もっと働きたくても仕事が見つからなくなる。暇をどう解決するかが孤独と寂しさを解決することになる。

クリエイティブなシニアになる

芸術家、音楽家、作家など何か新しいものを作り出そうとする人たちは自分の世界を持っている。その世界にいれば寂しさを感じない。普通のシニアでも自分のスキルを発展させて新しい事に挑戦しているとその事で頭が一杯になる。持てる時間が全てそちらに注がれる。そこには孤独や寂しさが入り込む隙間がない。

70歳を過ぎて自分をクリエイティブな世界に飛び込ませるには「面白い事に遭遇する出会い」が必要になる。そんな出会は自分から求めて行かないと見つからない。今まで生活していた環境から出てみる。未経験な世界に自分を置く。未経験であるから新しい事を経験できる。「面白い事に遭遇する出会い」は新しい環境で見つかる。

スポーツジムで筋トレ仲間を探す

筋トレブームが続いている。若い人たちだけでなくシニアも筋トレに挑戦している。平日のスポーツジムは仕事をしていないシニアたちの集まりになる。筋トレ経験が長いシニアから初心者まで幅がある。定期的にスポーツジムに来ているシニアは自然と顔見知りになる人が出てくる。新しい知人は定期的に顔を合わす人たちから生まれてくる。

今日の午前中にスポーツジムに行ってきた。筋トレを2時間半ぐらいやって程よい疲れを味わっている。毎火曜日の午前中に必ず顔を合わすシニアがいる。先日始めて彼の年齢を知った。77歳である。今まではプライベートな内容を聞くことがなかった。挨拶から始まり、世間話になり、その延長線上で年齢の話になった。ジムでは70歳代から80歳代の人たちが筋トレをしているから、風貌から年齢を推測して聞いてみた。

来年の私の目標はスポーツジムで気軽に話ができる知人を作るである。定期的に顔を合わすシニアであれば、お互いに認知している。あとはいつ会話を始めるかだけである。共通の趣味、筋トレ、は新しい友達を作れる環境を作ってくれる。自分が一歩足を踏み出せば良いだけ。自分が動かなければ、何も起きないのが現実である。

今まではコロナ禍で話をすることにリスクを感じていたが、コロナも落ち着いてきたのでジムでの顔見知り作りを始めた。筋トレという共通話題があるので年齢や性別を気にしないで話しかけられる。例えば、20歳代の若い女性が筋トレに来るとシニア男性たちが話しかける。同じ目的でスポーツジムに来ているという共通の基盤があるからそれが出来る。

何か新しいことを始めると必ず延長線上に新しい人との触れ合いが生まれる。そんな機会を見つけて活動することである。そこで面白い経験をすれば、それを追求する気持ちになる。見つかった面白いことが老後の生きがい、やりがいになる可能性は高い。

結論

長生きをすればするほど一人になる。一人になることを恐れてはいけない。一人でいることを楽しむ方法を事前に学べば一人で寂しいという精神状態に落ち込まない。友達が沢山いても最終的には一人である。一人で暮らす時間が長生きとともに増えて行く。一人でいることを気にならないほど没頭する趣味、仕事、勉学を見つけることではないか。

今、68歳の私には遊び友達がいない。居るのはパートナーである家内だけである。人生の伴侶である妻と残り少ない老後の時間を過ごすことで幸せを感じている。いづれどちらかが他界してひとり暮らしになる。その時、何を生きがいにすべきかがわかっていれば救われる。

生きがいを何にするか。好きな事を生きがいにするのが一番簡単である。