80歳を過ぎ、年金生活で問題なく暮らしていける高齢者は何を生きがいに生きているのだろうか。私も幸運ならば80歳という年齢になれるかもしれない。その年齢になったときに私の生活はどうなっているのだろうか。その人にしかない老いの変化がある!

世の中の高齢者には、目標を持って生活をしている人と何もやることがない人がいる。生きがいがある高齢者は余生を充実させる。暇な時間でつまらない日々を送ることが無くなる。年齢が還暦を過ぎれば、他界するまでの年数がある程度予想できる。私は68歳なのであと20年ぐらいはこの世での生活が出来る可能性がある。それ以上は難しいかもしれない。

余生を楽しむには「生きる目的」を自分なりに作り出すことである。老いてくると生きる目的を見失う感覚を覚え始める。一人になると誰のために生きているのかを問い始める。ただ、一つ言えることは与えられた命という時間を楽しむために使うことである。生きる目的は余生を楽しむためにある。

人生の楽しみを探ってみるとこんなイメージが湧いてくる。

面白い状況に陥る

生きるの目的や目標がない老後の生活はつまらない!

テレビに登場する高齢者の職人さんを見て、いつも私は羨ましいと感じている。彼らは自分の腕を磨くために一生を掛けている。目的がある人生を見つけている。生きがいである。その道の専門を極める。そこには普通の高齢者の人生に欠けている生きる目的がある。

人生を楽しむには生きる目的が必要

人生を楽しんでいるシニアを知っている。経済的には余裕があり、金銭面での不安はない人たちだ。彼は、今、80歳。会社員の頃、シンガポールに長く駐在していた。海外経験と語学力が彼の活動範囲を広げている。新しい物に興味を持ち、自分で勉強して使えるようにしている。

80歳でiPadとモバイルWi-Fiルーターを使いこなしているのには驚く。

彼は年に1回は家族で海外旅行をしている。海外経験と語学力があるから気苦労なく海外に行けるのだろう。会社員時代に海外で生活をしたシニアは、一人になったときに再度住み慣れた外国に長期滞在する傾向がある。懐かしい昔を味わうためなのかもしれない。

彼の余生は好きなことをして人生を楽しむことにある。ゴルフを楽しむ時、わざわざ以前の駐在先であるシンガポールに出かける。シンガポールのゴルフ場は日本よりも安く広くゆったりしたプレーが出来る。昔の友達もいる。海外経験と語学力を生かして海外旅行と趣味のゴルフを楽しむ。

世の中の変化と動きに敏感なシニアは新しい知識とツールを身に付けている。彼は時代について行っているシニアである。そんなシニアがいる一方で残った余生を何に費やして良いか分からないで無駄に毎日を過している高齢者もいる。

生きる目的を持った高齢者と目的がない高齢者

インターネットビジネスを続けてお金を稼ぎ続けている80歳の自分を夢見ている。経済的な安心を自分で作れるならば、場所を問わず自分が生活したい環境でその時代に合った生活をしたい。現在、会社という束縛環境から離れて自分が作った仕事で生活のリズムを作っている。その生活のリズムを80歳まで継続できるかだ。

生きる目的を持ったシニア

私の知人に総合商社を退職してNPO団体で活発に仕事をしているシニアがいる。自分の営業スキルを武器にNPO団体のビジネスを力強く推進している。彼にとってNPOでの活動は老後の生活を楽しむためにやっている印象がある。どんなに働いても実入りは少ないのでお金目的ではない。

自分の経験と営業スキル、そして、人脈がNPOでの活動で生きることで新しい生きる目的を見出している。生きる目的は生きがいになる。年老いても社会で自分の存在を確認できる活動は楽しい。

生きがいは自分を活かす場面を自分で見つける、作るしか無い。彼は自分を活かす「場」をNPO活動に見出した。その甲斐が有って彼はNPO団体の理事として活躍している。

生きる目的がないシニア

生きる目的を見失った高齢者は毎日街中に外出している。目的もなく街中を歩き回る。カフェで足を休め、図書館で色々な新聞を読み、ちょっと昼寝をする。午後17時頃に家路につく。この繰り返しの人生はつまらない。趣味があっても趣味だけを1日中毎日やり続けられるだろうか。私は出来ない。

「残念な生き物事典」の中に生きる目的を見失った高齢者が載るかもしれない。生きる目的さえあれば、残された人生の時間を楽しめる。高齢者にとって生きることを楽しめなくなったら何をして余生を楽しむのだろうか。問題は生きる目的を探す、作る努力をしているかどうかである。

私が目指している生きる目的 

  1. 自己完結型のインターネットビジネスに今のビジネスを転換すること 
  2. GYMで週3回、又は、それ同等の筋肉運動をすること 
  3. 夫婦で一緒に楽しめることを見つけて人生を楽しむこと 

先は見えないので何がどうなるか分からないが、3つの目標を習慣付けするために時間を投資している。既にある程度この目標は達成しつつある。来年はこれに新しい目標を加える。それを新しい習慣にする。新しい習慣を身に付けるとそこから生きる楽しさが生まれてくる。悪いことよりも良いことが増えてくる。

新しい習慣作りという目標

何事もやり続けると楽しいことが生まれてくる。多くの人はやり始めたことを途中で止めてしまうため楽しみを味わうことなく人生を無駄にしてしまう。「石の上にも三年」ということわざがあるようにやり続けなければその恩恵を味わえない。

新しい習慣を作るならば、できるだけ60歳代のうちに始めると良いと聞く。その理由は70歳を過ぎると新しいことを始める「気力と情熱」が弱ってくるからである。新しいことを始めるのは面倒と思い始める。体力も落ち始めて活動的に動くのが辛く感じ始める。60歳代はまだ気力も体力も十分維持できている。

新しいことへの挑戦は目標になり、生きる目的に繋がってくる。その種を育てるために助走期間が長くかかる。重要な点はどんな高齢者でも強い意志があれば人生の目標生きる目的は作れるということである。

今、生きる目的が見当たらないならばこの瞬間に一つでも良いから目標を紙に書くことである。紙に書くというアクションがトリガーになって駒が動き出す。サイコロを振り続けて次のアクションを起こす。駒はどんどん進む。それを続ける事で目標を達成しようとする生きがいが生まれてくる。

新しい習慣を作るとどんな恩恵があるか。誰もメリットがないことはやらない。

新しい習慣はこんな恩恵を与えてくれる

  1. 筋トレを新しい習慣にすれば、健康寿命を伸ばせるだけでなく衰えていく免疫力を強化する
  2. シニア男性が料理作りを新しい習慣にすれば、美味しい料理をいつでも好きな時に自分で味わえる
  3. 写真撮影を新しい習慣にすれば、街を歩く美人を写真に収めて若い女性の園を写真集に収められる
  4. 一日一膳を新しい習慣にすれば、社会に貢献したという満足感と困っている人を助けたという幸せ感を味わえる

新しい習慣作りは簡単に作れる目標になる。そんな目標を達成しようと行動する過程に生きがいが転がっている。生きがいが見つからないと思っているシニアは今やりたいと思っていることを考えずにやってみることである。体を動かすと必ず風を起こす。その風が新しい風を起こし続ける。

やることがない高齢者は「健康的な体作り」を目標にする

老後の生活を楽しむには健康な体が基本になる。多くの老人は年齢が75歳を過ぎる頃から歩行障害を味わい始める。自分で歩ける距離が短くなり、行動範囲が狭くなる。この問題が発生すると楽しめることを自動的に少なくする。

96歳になる義父は車椅子一歩手前の状態にいる。歩き回れるのは老人ホームの部屋から食堂まで。外出などはもう出来ないほど足を動かせなくなっている。外出が自由にできなくなると気分転換に近くの公園や商店街を散歩できない。体力の衰えは普通ならば楽しめることができなくなる。

今、健康で元気なシニアでやることがないと感じているならば、体力づくりに時間を投資すべきである。60歳から体の筋肉の量が急激に減っていく。足の筋肉にその影響が出やすい。そうなるまでには時間がかかるが、着実に歩行障害を起こす筋肉の衰えが体に起きている。

やることがない高齢者は考えることなしに「筋トレ」を始めるべきである。歩行障害が起きる前までに筋トレを習慣化できれば80歳になっても自分の足で好きな場所に行ける自由を維持できる。

お勧めのステップ

1.近くにあるスポーツジムの会員になる
2.パーソナルトレーナーの指導を受けて自分にあった筋トレプログラムを作ってもらう
3.暇な時間、やることがないと感じた時間にスポーツジムに行って筋トレをする
4.スポーツジム通いが生活のリズムになるようにする

筋トレをするときは体の筋肉を鍛えるという目標が生まれる。例えば、ベンチプレスでバーベル40キロを上げるという目標を設定する。それだけでやることが見えてくる。

シニアが筋肉を増やしたいならば筋トレ、その証拠は81歳の金澤さん!

残りの人生を楽しむ

やることが無いと感じているシニアは自分の人生を楽しむためには何をすべきかを考えて実行してみることである。出来ないことでも良いので何をしたら楽しめるかを考えてみる。お金がかかること、ただで楽しめること、色々なケースが出てくるはず。

自分を楽しませるリスト作り(私の場合)

  1. 夫婦で旅行に出かける(1泊2日の旅行を月一度程度)
  2. 若い女性たちと触れ合う機会を作る(ちょっとしたおしゃべり程度)
  3. 美味しい料理を食べる
  4. 好きなSF映画やテレビ番組を見る
  5. 仕事の道具(パソコン)を新しく買い替える
  6. 家庭菜園で食べられる菜園作りをする
  7. 電動スクーターに乗って楽しむ
    ev viecle

近所を電動スクーターに乗ってちょっとした遠出を楽しむ。電動スクーターは原動機付自転車になる。

■法律上は原動機付自転車となります
※公路走行の際以下の点をお守りください。
1、ナンバー登録が必須です
2、自賠責保険への加入が必須です
3、ヘルメットの着用が必須です
4、第一種原動機付自転車を運転することができる免許の携帯が必須です
5、車道を走る必要があります

新しい乗り物に挑戦することで新しい楽しみ方を学べる。

満たされていないシニアには欲求心がある

68歳になって衣食住は満たされている。子供も大人になって独立した生活をしている。残された夫婦で老人ホームに入居している義両親を見守っている。空いた時間をお互いの趣味や仕事に使っている。満たされていない欲求は誰にでもあると思う。

正直に満たされていない欲求をリストしてみる。そのリストの中に新しい生きがいの種があるかもしれない。できないと思うから欲求が心に残る。出来ないかどうかはやってみないと分からない。頭で考えて、頭で結論づけて何もしない。

欲求が強ければ強いほどアクションを取ることが簡単になる。例えば、1ヶ月ぐらい離島で島人たちと一緒に生活をしながら、リモートワークを味わってみたいという夢があれば、それを実現するにはどのようなことを準備すればできるかを考えることになる。

全ては自分の心の中にある欲求心から第一歩が始まる。

 

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結論

今の人生に生きがいがないならば、生きている目的が見えていないのかもしれない。老後の生活は残りの人生を楽しむためにある。何かに没頭できる趣味や仕事、そして、目標があればそれが自分の時間を有効に使ってくれる。目標がない高齢者は新しい習慣を作れば良い。

新しい習慣は今まで体験したことがない恩恵を与えてくれる。その最大の恩恵は新しい習慣を作っている過程に見つかる生きがいである。新しい習慣作りが楽しくなれば、暇に襲われることが無くなる。残された人生の時間を満足が行くように使える。

 

読者からのコメント

Kneko様からのコメントです。

21年4月にラクナ梗塞を発症してから22年、23年と脳梗塞を続けて3回発症3回の入院生活の後の23年1月退院、病院からのリハビリの指示も無い中自宅療養となり、我流で自宅リハを開始しておりました。リハについてもネットで後遺症にかかる記事を探し実施しておりましたが明確な改善が無く不安な中、免許センターから半ば脅しで免許返納を促され返納、自家用車を手放し、仕事も自主退職しこれからの人生の目標を完全に失った生活を送って居りました。

そのような中「高齢者の生きる目的探しに関するブログを読ませて頂き退院後探していた生きる目的探しが明確になり、毎日の生活の中に有った「健康的な体作り」が立派な目的になることに気づかされ退院後の自主リハ食生活の改善が無駄ではなく今後も継続していくことの大切さを知らされ何か残された人生の目標が明確となりました。

有難う御座いました。今は自分のためだけの目標ですが今後世の中に何か役に立つものでも発見できるようになればと今は思っております。後遺症に負けず残された人生を生きていきますので宜しくお願い致します。有難う御座いました。