最近気がついたウエブ広告。悪意ある広告でウイルスをインストールしたり、詐欺サイトへの連絡に誘導したりする。絶対にアクションを取らないこと。何も触らないでPCのハードウエア電源をオフにしてシャットダウンする事。
既にGoogleに情報を提出済み。怪しい広告はクリックしないこと。
私のPCはChromebookであるのでウイルスや詐欺サイトへの誘導を自動的にブロックしてくれる。Windows PCの方は要注意!

(要約)横浜駅で午後二時を過ぎても行列が絶えない中華料理店「龍王」。八百円で満腹になれる聖域に、なぜシニア男性は集うのか。十年以上の筋トレ習慣を持つ筆者が、あえて「ご飯半分」を注文する理由と、シニアの外食における真の実利について考察する。
横浜駅の相鉄線出口、五番街へと続く喧騒の入り口に、時代から切り離されたような一角がある。中華料理店「龍王」だ。時計の針が午後二時を指してもなお、店の外には男たちの静かな列が続いている。その列に並ぶ人々は、この店が何を供しているのかを熟知している。

店内に一歩足を踏み入れれば、そこはシニア男性たちの独壇場である。使い込まれたテーブルを囲むのは、私と同世代の男たちや、長年連れ添ったであろう老夫婦ばかりだ。店構えは狭く、古さは隠しようもない。正直に言えば、大切な妻を連れて記念日を祝うような場所ではないのだ。
しかし、なぜ我々はこの空間に惹きつけられるのか。その答えは、周辺の競合店と比較した時にいっそう鮮明になる。横浜駅周辺の高級中華は、ランチが千五百円を超え、量は上品すぎる。一方で大手チェーン店は安価だが、どこか機械的だ。その点、龍王は八百円という価格で、圧倒的な質量を提供してくれる「聖域」なのである。
トイレは男子用と女子用に分かれているのが常識だが、最近は男女共用トイレを導入する施設が世界的に増えている。LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)が話題になっている。男女の性別を区別するファッションもユニセックスに向かう傾向がある。
女性用のショーツを愛用する男性がいるが、必ずしも変態的な精神異常者ではない。LGBTかもしれない。単純に男性用インナーにない魅力で女性用のショーツを愛用しているのかもしれない。もっと実利的に女性用インナーショーツを活用している男性もいる。
男性用と女性用ではインナーショーツの作りが違う。作りが違うから履けないという訳でもない。私はスポーツジムで筋トレやワークアウトをする時に女性用インナーをスポーツショーツとして活用している。その用途とニーズに合うスポーツショーツが男性用パンツにないからである。オススメの女性用ショーツがある。
私はユニクロのエアリズムウルトラシームレスショーツ(ヒップハンガー)をスポーツインナーとして使用している。一度履いてみるとそのメリットがすぐに分かる。スポーツジムでワークアウトするとパンツが汗で濡れる。すぐに乾かないので着替えの下着にせざるを得ない。
エアリズムウルトラシームレスショーツはワークアウト後に下着のショーツを着替える必要がない。直ぐに汗が乾くからだ。当然着替えの下着もいらない。
3月に義父の三周忌が行われる。義父の兄弟で一番下の弟から電話が来た。兄の三周忌には出られない。その理由は90歳代になって足が不自由になったことと彼の奥さんも80歳代後半になり歩行が怪しくなってきているということである。
老いは足から来るという事実を身近に感じる。同時に自分の足で外出が出来なくなると社会から自分の姿が消えていく。自宅での生活が主になると親戚や自分たちの子どもたち家族以外に自分の存在を知られることがなくなる。生きていても社会はそんな人の存在に気が付かなくなる。
孤独死が起きる理由になる。親戚や別の場所に住む家族が気が付かないうちに亡くなっていたという事件がたくさん起きている。
孤独死を避けたければ、家族や親戚の誰かに見守ってくれる仕組みを作っておくべきである。問題は兄弟姉妹が老いて高齢になるとお互いに連絡したり、会ったりする機会が減ってくることである。私には兄と姉がいる。二人ともに健在で離れた県に住んでいる。会うときは子どもたちの結婚式ぐらいである。それらのイベントがなくなれば、特別なことがない限り会うことはない。
子供の家族と一緒に生活することができれば、孤独死はなくなる。ただ、多くのシニアは自分たちだけで生活を送ることを好む。気兼ねなく自分のライフスタイルを送れるからだ。好きな事を気兼ねなく出来る自由に価値を置いている。

60歳、65歳、71歳になって何が変ったのか?
年齢の数だけ歳を取ったと頭で感じ始めた。心はまだ若いのだが。月々の年金の支払いもなくなり金銭的な負担も減った。社会は、60歳、65歳、71歳という年齢で色眼鏡で見始める。自分の意識と周りの人の意識に違いが生じ始める。
65歳から年金受給が始まり、再就職先を探すのが難しくなる。昔なら、年金生活に入るシニアが多いのだが現代は働かないと暇に殺される。今の60歳代のシニアは体力も気力もあり、若い。不安なのは70歳以降の生活費をどう稼ぐかぐらいだ。年金だけでは心もとない。お金は無いよりも有ったほうが良い。
寿命が尽きるまで生活費が続けば良いのではないか。それまでに貯めたお金を使って余生を楽しむ。お金は使わないと意味がない。貯めるだけでは何も恩恵を受けない。70歳代でお金を使うよりも60歳代で使ったほうが使うお金に価値がある。
お金には使える賞味期限がある。健康障害で動けなくなれば、溜まったお金を使う範囲が狭くなる。体が元気で健康なうちにお金を使う。それに気が付かないでお金を貯めれば幸せだ、安心だと信じている老人がなんと多いことか。挙句の果てにオレオレ詐欺で大金を失う羽目になる。そうなったら、つまらない人生になる。
私達は今の健康状態が永遠に続くような感覚で今を生きている。70歳を過ぎると体の何処かに異常や問題を抱え始める。伴侶との生活がずっと続けば、良いのだがと思っている。でも、現実は違う。自分の身に何かが起きて他界したり、妻が事故にあったりする可能性は十分ある。老いると生死の運命が大きな采配を振るう。
今まで稼いで貯めたお金は自分の命という時間をお金に変えている。自分の時間を満足が行くように使うと同じようにお金に変えた時間をうまく使う必要がある。
老後に生きる目標を見失う人がシニアに多い。
私は筋トレを何故続けているのか。トレーニング結果を自分の体で見ることが出来るからだ。自分を実験材料にして筋トレが自分の健康にどう生かされているかを調べている。71歳の体を見て老人の体とは思えない見え方である。体に筋肉があるか、ないか、で体格が変わる。
筋トレや他の運動を定期的にしていない同年代のシニア男性の体は肥満でお腹が出ているか、筋肉が失われて枯れ始めているかのどちらかである。胸筋がなく薄い体。お腹に贅肉が溜まっている。そんなシニアがスポーツジムにやってくる。
老人は子供になる。自由になる時間がたくさんある。シニアは子供のようにすぐに友だちを作ってみんなで遊ぶ事ができない。一人でいる時間が多い。働けるシニアは幸せ。体が不自由になると活動範囲が狭くなり、時間をますます持て余す。
健康で自由に動かせる体を維持できれば、時間を使う上で制約はあまりない。食べたいものを食べ、行きたい場所に行ける。そんな自由を老化による筋肉の衰えで失うシニアが75歳前後に増える。フレイルの始まりである。体の自由を失うとどうなるのかという現実を認識しているシニアは多いはず。それなのに筋肉を鍛えない。
筋肉は鍛え続けることによって増える。筋肉が増えると良い事が体に生まれてくる。それを一度体感すると筋トレが趣味になる。バービー運動をやったことがあるだろうか。

AIに聞いてみたら、
71歳の男性が、全身を連動させる激しい運動であるバービー(立位からしゃがみ、腕立て伏せの姿勢を経てジャンプする動作)を10回連続でこなせるのは、極めて高い身体能力の証です。
一般的な同年代の体力水準と比較すると、以下のように評価されます。
71歳でバービー10回を完遂できるということは、単なる筋力だけでなく、以下の要素がすべて高い水準にあることを示しています。
一般的な体力測定の指標に照らし合わせると、以下のような評価が妥当です。
| 評価項目 | 内容 |
| 体力年齢 | 40代から50代前半に相当する驚異的な若さです。 |
| 健康リスク | 転倒や骨折のリスクが非常に低く、自立した生活を長く送れる可能性が極めて高い状態です。 |
| 希少性 | 同年代の男性で、この運動を正しい形で10回行える人は上位数パーセントに限られるでしょう。 |
このような評価を得た。スポーツジムでもシニアがバーピー運動をしているのを見たことがないというか、誰もやっていない。多くの人は器具を使った筋トレ、ベンチプレス、バーベルスクワット、デッドリフト、バーベル、懸垂等である。
こう言われるとますます筋トレに熱が入る。
歳を取ると警戒心が強くなるのだろうか。新しいお付き合いが表面的なあいさつや会話程度で終わる場合が多い。友達がほしいのだが、深く一歩入ったお付き合いが出来ない。そんなシニアの心理が歳を取ると分かってくる。シニアになると新しい友達が作り難い。社交性があるシニアならば、そんな問題はないかもしれない。
だが、多くのシニアは相手のプライベートな人生に敢えて入り込まないでいる。シニア男性たちはシニア女性と違っておしゃべりがなくても生きていける。シニア女性は何故か気楽に話しかけられる本能があるように見える。隣りに座ったら幼い頃の友達であるかのようにおしゃべりに夢中になっている。
シニア男性はとても同じことが出来ない。ただ、黙っている。どちらかがアクションを取らない限り、沈黙だけが続く。
今の生活が普通の生活と思うならば、それが幸せと思うべきである。それ以上求めると余生にリスクが生ずると私は思っている。
お金が足りない、もっと欲しい。手元に今の生活を持続できる貯蓄があるのにそれ以上を求める心は止まりようがない。いくらお金があれば、お金への執着が止まるのか。人間の欲には制限がないと私は思う。ある中小企業の社長さんが工場内でこんな言葉を残していた。
「その日その日を食べて生きていければそれで幸せだ!」
私はその言葉の意味が分かる年齢になった。年金収入だけでひもじい思いをしないならば、手元にある程度の金融資産があればそれで余生を心配しなく生きていける。衣食住の視点でお金が出ていくのは食料と住居費ぐらいである。衣類などは長持ちする。

お金が十分あってもお金を増やしたいという心理はわかるが、自分のお金を使い果たす前に他界する人が多い。71歳の私があと20年生きる上で必要なお金は1000万円以下ではないか。食と住は年金だけで賄えるからだ。体が不自由になる前に老化で他界すればそれが一番良い。そのために健康寿命を伸ばす筋トレを続けている。
90歳になる前に他界するか、90歳近くでピンピンコロリになって死ぬかである。80歳を過ぎる頃にはお金をたくさん使う用途が少なくなる。それを考慮に入れるならば、お金を必要以上に求めるのはリスクがある。詐欺の被害に会いやすい。高齢女性がお金欲しさに高利息の投資で騙される事件が多い。
お金に対する「欲」である。
今の「普通の生活」に満足する生活がこれから価値を増す。
スターバックスのお店で毎日若い女性たちと出会っている。昨日の午前に横浜駅近くのスタバでレジに立っていた女性スタッフが、今日の午後、別のお店の応援スタッフとして来ていたのだ。こちらが気がつく前に彼女(20歳代後半)が私に気がついてくれて話しかけてくれた。どこかで会っていませんか?という言葉で始まった。
彼女の顔が私の長男の嫁に似ていたので記憶に残っていた。NHK朝ドラ「朝が来た!」の主演女優 波留さんに似ている嫁だ。目が大きくて小柄の体もそっくりだ。スタバの彼女も目が大きい。小柄だ。そんな話をし始めたら、話が止まらなくなってしまった。私の後にお客さんがいたので私の方から話を今日のコーヒーに変えて支払いを済ませた。
スタバには若い女性スタッフと女子大生アルバイトがいる。若い女性スタッフは、時々、他店の応援で出向する。今日お喋りをした彼女は横浜店からビジネスパーク店に応援出向で来ていたのだ。
可愛い女性とお喋りをするのは、楽しい。波長が合うと特別なサービスをしていただける。60歳を過ぎると若い女性と話す機会が激減する!会社という組織から離れるとそんな生活が当たり前になる。自分で仕事をしていても、していなくても人と話す機会が急激に減る。特に若い人たちと話す機会は殆どない。
そんな環境にいるシニア男性にとって若い可愛い女性と会話が出来るだけでも楽しくなる。こんな笑顔の女性と会話ができれば、1日が明るくなる。

幸せを感じる瞬間がある。なぜ、そのように感じるのかは分からない。他人から見ればそれが幸せを感じさせるのか理解できないかもしれない。在り来りのことで私は幸せを感じている。
幸せの感じ方は人それぞれ違う。私は普通の生活が出来ている日々に幸運を感じる。住み慣れた実家を離れて老健施設で不自由な生活を送っている義母の現実を見ているからだ。老後の生活は夫婦二人でのんびりと時間を過ごす。
夫婦で共有する時間を楽しめるか、楽しめないかで夫婦の幸せ感は変わってくる。老後に会話がある夫婦は幸せを感じやすい。口喧嘩をしているように見えるが実際は会話を楽しんでいる。会話の裏に愛情が流れている。
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