10月の中旬になり、そろそろ年末の忘年会を企画する時期になる。忘年会は11月下旬から12月中旬までが多い。シニアにとって忘年会は、会っていない人たちや知人・友人との親睦につながる。会ってこの1年を振り返る。酒を飲みながら1年間のストレスを発散させる。(60歳のときに書いたページの書き出し)
2025年、70歳になった今思うことは違っている。70歳になってビジネスを縮小させているため、忘年会で新しい知人や友人を求めなくなっている。今年の忘年会は同窓会が2つ予定している。それ以外はゼロである。お酒が飲めなくなるほどアルコールに弱くなった。そのため忘年会への関心はなくなった。
年齢が70歳になると自分の人生を再度考え始める。
新しい知人や友人を作るという事に強い欲求がなくなってきている。どっちみち老いていけば行くほど知人と友人は消えていく。最後は自分一人。孤独は避けられない。生まれてきた時は一人。死んでいくのも一人である。知人や友人は自然の流れで作られる方が精神的な負担がない。強く求めるとそれは逃げていく。
むしろ、孤独を楽しむ方法を探すほうが将来性がある。自分の趣味に没頭できればそれが孤独を楽しむ方法になる。趣味は好きなことを一つだけ続けて楽しむことができれば、それが孤独を和らげてくれる。孤独を避けるために他人にそれを求めるのは先がない。自分が長生きすればするほど他人は他界していく。
10年経って70歳になった今、考えることが真逆になった。70歳になった今、孤独を恐れず自分の中に孤独を癒す方法を見出す。
人生の大きな区切りとして65才がある。年金の支給が始まる年齢だ。同時に前期高齢者というラベルが貼られる。ぶら下がって働いていた会社から「これまで働いていただいてご苦労さん!」を言われて職場を後にする年齢である。生活に必要な年金が入っても十分な額ではない。65歳以降の老後の生活プランを作らねばならない。出来るだけ楽しめる老後生活プランである。
ワクワクする生活は自分で作っていかねばならない。自分の欲求を1枚の紙に書き出してみる。すぐに実現できるものから夢のように感じるものまで何でも良い。書きながらワクワク感を感じ始めれば、それを実現するために何をすれば良いかを考える。
新型コロナ感染で今までの生活様式や常識が急激に変わった。マスクはもう必須ファッションアイテムになった。コロナ禍が落ち着いてきてもインフルエンザと同様に自分たちの生活で共存することになる。シニアにとって新型コロナ感染は怖い。最悪死ぬことになる。
旅行に行くことが今まで以上にワクワクするかもしれない。普通にできたことがコロナ災いで出来なくなるとそこに価値が生まれる。自分の体を自由に使える年齢は75歳ぐらいかもしれない。70歳から80歳の10年間は免疫力低下で襲ってくる病魔との戦いになる。運が良ければ80歳まで生き延びれる。元気でいるうちにワクワクする事を先に味わっておかないと損をする。
夢に出てくる映像がある。こんな場面に現実の世界で出くわしたい。男性の目を楽しませる。
SNSを開けば、完璧なスタイルとセクシーな魅力で輝く若い女性たちの写真が溢れている。非日常的なロケーションでポーズを決めたり、最新のファッションに身を包んだり。彼女たちの投稿を見るたびに、「私もこんな風になりたい」「羨ましい」と感じる人も多いだろう。
しかし、華やかな写真の裏には、私たちには見えない多くの苦労と努力が隠されている。今日は、そんな彼女たちの「見えない頑張り」について考えてみたい。
70歳を越えると仕事をやめて年金生活に移る人がほとんどのようだ。この時までにある程度の貯蓄をして置かないと経済的に困ることになる。収入が止まり、年金と貯蓄の取り崩しが始まる。健康であれば、遊びや趣味に没頭できるかもしれないが、多くは医者とのデートに忙しくなる場合が多い。60歳代と70歳代では、ライフスタイルが変わる。
働かなくても食べていけるシニアならば、他界するまでの自由な時間をどう使うかで頭を悩ます。仕事を辞めてからの人生設計は、70歳になる前までに計画しておく必要がある。やりたいことリストを作り、一つずつやって行く。それを一人でやる場合と夫婦でやる場合を分けて暇な時間を出来るだけ無くす工夫をする。
老いが風貌に現れやすくなるのが70歳代である。身綺麗にしておくと周りに良い印象を与える。先程、電車の中で見かけた75歳過ぎの御婦人は綺麗なショートカットで眉毛と目の化粧を目立つようにしていた。マスク美人のメリットをうまく利用している。
アスレジャーとは、「Athletic(アスレチック)」と「Leisure(レジャー)」を組み合わせた造語で、スポーツウェアを普段着として取り入れたファッションスタイルです。フィットネスクラブやヨガスタジオで着るような、運動に適した動きやすく機能的なウェアを、通勤・通学やショッピングなど日常生活で着用することを指します。機能性と着心地の良さに加え、洗練されたデザイン性も兼ね備えているのが特徴で、アメリカを中心に広まったトレンドです。
実は、最近の私の服装はアスレジャーファッションである。2つの理由がある。(1)筋トレでスポーツウエアを着ているがそれが日常着になっている。(2)猛暑日が続いて汗が出て体臭や汗臭が出やすい。スポーツウエアは防臭抗菌機能になっている物が多い。
週2回の筋トレ習慣で汗をたくさんかいても直ぐに汗を吸収して乾くTシャツとレギンスやジョガーパンツを着ている。動きやすく汗でべとつかず着心地が良い衣類であるのでついつい毎日着てしまう。70歳シニア男性がアスレジャーファッションを楽しんでいる。私のようなシニア男性たちがこれからもっと増えてくる予感がする。
自宅から最寄りの駅まで歩いて18分から20分かかる。午前9時頃には気温が30度を越し始める。いつも雨天兼用の日傘をさして歩いているのだが、なぜか頭が熱く感じてこれはちょっとおかしいと思い始めた。この日傘は本当に日傘の役割を果たしているのか疑い始めた。
タリーズコーヒー店で仕事を始める前にパソコンで遮熱日傘を検索して調べ始めた。一般的な雨天兼用日傘はUV遮断は90%以上の性能であるが、遮熱に゙関してはあまり機能していないようだ。最近、日傘をいつも使っているご婦人方の間で話題になっている遮熱日傘を調べた。
UVO(ウーボ)というブランドの日傘が見つかった。最強の日傘:第三者検査機関において、遮光率・紫外線遮蔽率100%、UPF50+(格付け最高値)の結果が出ている生地を使用していること。アマゾンや楽天のオンラインショップで取り扱っているのだが、男性用の日傘がない。仕方なく別のブランドで同様の機能を持っている日傘を探した。見つけたブランドがWPC IZA ZA016 BACKPACK GUARDWPC IZA ZA016 BACKPACK GUARD。下記の写真が購入した製品。
横浜ビジネスパークにある野外のテーブルでちょっと早いランチをしていたら、どこから一人の老人男性が近くのテーブルに座った。手には、缶ビールとつまみのビスタチオを持っていた。しばらくするとビールを飲みだした。そして、ピスタチオも食べ始めた。
その老人(75歳ぐらい)の椅子の下を見たら、ピスタチオの殻が沢山落ちていた。ビールを飲んでピスタチオの殻をむいて食べてという事を繰り返していた。ランチ時間に缶ビールとピスタチオだ。ビスタチアの殻はテーブルの下に落ちたまま何も掃除をしない。
私の感覚であれば、ピスタチオの殻をビニール袋に入れてテーブルの下に落とさない。このシニア男性はそんなマナーを身に着けていないで育ったのか、それてともゴミを拾って掃除すること自体を面倒だと思って知らんぷりでいたのか。
人間のマナーはその人のマナー教育に依存する。家庭内での教育が強く出て着やすい。しつけが厳しい家庭で育った人はマナーについて気を使う。今のビジネスパークには公共のためのゴミ箱が撤去されている。ゴミ箱がないという理由でゴミをそのままにしていく人もいる。
年金生活を始めている高齢者(シニア)
団塊の世代の高齢者は、会社組織の制約から逃れて自由自適の生活をしていると思っている人達が多いだろう。実際は、こんな感じだ。
最初の半年は、自宅でゆっくりと好きなことをやりはじめる。本を読む。映画を見る。夫婦で海外旅行に行く。思いつくこと、やりたい事を行う。
徐々に今までやりたかったことが満たされ、時間をもて遊ぶようになる。この頃から、奥さんから「家にいないで昼間は外に行って!」というリクエストが多くなる。
60歳、65歳で会社を卒業しても暇な年金生活を始めるシニアは少ない。なんとか働ける場所を探し始める。すぐに見つかる仕事は自分が求める職種でない。自分の職歴や経験を考慮されない人の手を満たすだけの仕事が多い。お金を生活のために稼ぎたいという理由ならば、清掃、マンション管理、交通誘導、飲食業界などでアルバイトやパートの仕事を見つけやすい。
老後の生活は年金が支給される年齢65歳以降が出発点になる。残りの人生を自分の好みで作り出す。最終目的は「死」である。「死」に向かって与えられた時間を有意義に使い切る。あとは運命に任せるのみ。こんな感じ方が70歳の声を聞くと味わい始める。
65歳で会社組織から離れると新しい生活リズムを作り出せるまで戸惑う。やっと落ち着くと年齢が70歳になる。今度は体の老化現象が気に出し始める。肥満からくる生活習慣病が老化で悪化する場合がある。基礎代謝が落ちて免疫力も低下する。年齢とともに体はどんどん弱体化する。
そんな現実を定年退職時に気がついていない!いつまでも今の体で老後を送れると思っている。現実は違う。
世の中は「お金がすべて!」と思って生活をしている人達が多い。生活に困ると「お金」が無いからということになる。「お金」がたくさんあれば、こんなに苦労しないのに!「お金」があれば、食べたい料理が価格を気にせずに食べられるのに!「お金」が有ればで続く言葉がたくさん出てくる。生活の不都合が全てお金がないからという説明で解決しようとする。
確かに「お金」は無いよりも有るほうが良い。「お金」に対する欲求が強すぎるとお金第一主義に陥る。他人の目から見て十分お金を稼いでいるのにまだお金が足りないと思い続けている人たちである。
ある米国人はお金持ちかどうかを聞かれた時にこう答えている。”I am NOT rich, but comfortable in living.” 金持ちではないが生活をする上で快適だ。
お金が十分あれば幸せだと言えるだろうか。お金がどれだけあれば幸せなんだろうか。本当にお金が幸せを与えるのだろうか。テレビのニュースで中小企業の社長さんがこんな事を言っていた。「食べていければそれだけで幸せだ!」
この感覚は還暦を過ぎたシニアであれあば、共感するのではないかと思う。食べられなければ生きていけないという現実がある。生きていければ何とかなるという世界に私達は住んでいる。お金は社会で生活していくための道具である。必要以上のお金はいらない。現在の生活を維持できて生きていけるお金があればそれでOKと思う人が多いのではないか。
お金と幸せはイコールではない。
今感じていることはこんなこと。70歳だからという理由ではないが、若い頃と比較して逆になった感じである。
70歳になって一つ行動面でやらなくなったことがある。
2025年大阪万博、東京ディズニーランド、USJ、花火大会、野外音楽イベント、長時間並ぶ場所などは意識して行かないようにしている。過去の経験から気分が乗らない。人が大勢集まる場所を極力避けるのは、疲れるからだ。肉体だけでなく気分的に疲れる。
老いからくる体力の衰えである。
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このページのシニアライター:Norito H.Yoshida
Profile
Joomla CMSを使った法人・個人サイト構築で独立。51歳の時に会社を卒業。雇われる生活から自分を雇う生活になる。ソニー(株)、Yahoo!ジャパン(株)でインターネットビジネスの面白さを味わい、個人でも法人と競争が出来る隙間市場があるのに気が付いた。生涯現役でインターネットの世界で生きて行く。Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA.
シニアの生活は、体の老化に従って変わって行く。その体験記をこのブログで書いている。