65歳になって年金をもらい始めた。年金をもらい始めたら残りの人生を働かなくても良いよと政府から言われているような感じがする。今、仕事をやめたら暇で暇で仕方がなくなる。自分で始めたビジネスだから仕事が嫌ではない。むしろ、仕事が趣味になっている。自分の専門分野を深めているので現役として社会に貢献しているという感じがある。
戸惑いと諦めを感じるときは何度もある。このまま今の生活を続けていけるだろうかとか、これから何を目標に行きていくべきか、この生活を私が求めた生活なのかとか、もうどうでも良いやとか、諦めを感じ色々考える。年齢とともに健康に目が行く。朝起きたら左手の中指がばね指になって曲がっている。右手の人差指もばね指になって固まっている。理由はわかっているし、時間の経過で自然治癒していくのもわかっている。
老いと共に残りの人生をどのように過ごしていくべきかいつも考える。1日過ぎるたびに体は精神とともに弱くなっていく感じがする。自問自答をしながら人生の迷いと諦めをなんとかしようとする。
シニア男性にとって若い女性(大学生、20歳代、30歳代) はいつも光って見える。私だけであろうか。シニアであれば誰でも若さに引きつけられるのだと思う。若さは、美貌である。若い女性はお化粧をする必要がないと思う。若さが美貌を引き立ててくれる。肌、体の弾力性、潤いがある髪の毛。見れば見るほど若さから来る美が見える。
スターバックスで仕事をしてランチに出るのだが、若い女性たちの姿を遠くから眺めるときが多い。後ろ姿、ファッション、髪型、服装の色使いなど見る。若さが洋服からはみ出している女性もいる。タイトなジーンズ姿などはシニア男性を喜ばせる。
70歳前後になると仕事をしたくても仕事が見つからなくなる。自然と暇な時間が増える。そんな時に一緒に暇な時間を過ごせる知人、友人、仲間がいれば一人で寂しく自宅で過ごす必要がなくなる。妻と一緒に遊びができれば最高であるが、妻には妻の都合と遊び仲間がいる。老後はお互いの時間を自由に使う生活になって行く。
私は65歳で自営業を一人でやっている。インターネットの仕事であるのでパソコンが私の仕事・遊び相手になる。人間と直接会って話をする機会はコロナ禍で急激に減少した。今ではオンライン会議でしか人間と話ができていない。オンライン会議でお喋りをしても間が持たない。パソコンの画面に映る人との話は目的がはっきりしていないと続かない。
ポストコロナの社会は以前の社会と違ってきている。3密を避ける行動が求められる。マスクが必須アイテムになる。シニアにとってコロナ感染は死に至る可能性が高い。自ずと直接会ってお酒を飲みバカ騒ぎができない。近所のシニアたちは公園でグランドゴルフやゲートボールを楽しんでいる。
公園で一緒にスポーツをする仲間に入れば、その延長線で遊び仲間が徐々に作れて行くのだが誰もがその仲間に入ってスポーツを楽しめるとは限らない。私はゲートボールもグランドゴルフも興味がないシニアである。とても、仲間に入れて!と言って入っていけない。
孤独から逃げるには、孤独と向き合うには、という問題がだんだんと大きくなる。
2020年4月1日から6月1日まで外出を控えて人に会わない生活を続けていた。65歳のシニアは新型コロナウイルスに感染すると重症化しやすいということで活動を自宅周辺に限っていた。この数日は神奈川県での感染者数がゼロになっている。そろそろ、外出自粛を止めていつもの仕事場(スタバ)に出かけて仕事を始めようと検討している。
昨日は試しに横浜駅周辺にあるスタバに行ってみた。客数が減って席を探すのに苦労しなかった。時間帯の問題かもしれないがコロナ禍の悪影響が少なからずともスタバの集客に出ているのはわかる。横浜駅周辺を歩いている人達を見ると皆マスク姿。マスクをしていない人を探すのが難しい。
スタバに入る前、アルコール消毒スプレーで手を消毒して入店。コーヒーを飲むとき以外はマスクをしている人が多い。お店の外も内もマスクは必須のようだ。ポストコロナの社会はこんな感じなのだろうか。マスクが社会活動をする上のパスポートになりつつある。
私のワークスタイルも私生活もマスクから逃れられない。夫婦で外出するときに妻がマスクを忘れたと言って自宅に戻ってマスクを取ってきたぐらいだ。お店に入るときも必ずマスクをしないといけない雰囲気があるというが、お店側がリクエストしている。新型コロナウイルスの登場で私達の生活は余計な負担の多い生活になってきた。
6月19日は父の日だ。今年94歳を迎える家内の父を祝うための家族旅行を計画した。長野県にある駒ヶ根リゾートリンクスホテルで家内の兄夫婦と私たち夫婦、そして、家内のご両親の6人と一匹の犬で2泊3日を楽しむ予定。私の両親は既に他界しているので家内の父親と母親を非日常の世界に連れ出す。
私が住む大規模マンションは築22年目になる。最近、同じマンションの部屋を販売する不動産屋からのチラシが増えている。興味半分で部屋の広さと価格を見てみたら、驚いた。こんなに低い価格で販売している。最寄りの駅から歩いて20分、3つの公園に恵まれて、83平米、3LDKでリフォーム済み、1800万円ぐらいだ。このぐらいの価格ならば、息子たち夫婦でもすぐに買える金額だ。
家内の井戸端情報であると、最近、同じマンションに息子さん、娘さん家族が引っ越してきているという。なぜなのか、私なりに考えてみた。
年金プラスアルバイト収入で老後の生活費を補ってきた老人夫婦が肉体労働のアルバイトから頭を使った労働で現金収入を増やす事が出来るウエブサービスの仕事である。Quora(クオーラ)と呼ばれ、シリコンバレー発の知識共有Q&Aプラットフォームである。
Quora(クオーラ) にアクセスすると下記のような画面になる。
初めての方は、こちらで登録する必要がある。登録後にMy Quoraのページで色々な質問と回答を参照できるようになる。質問があるときは、このページで質問をする。
新型コロナウイルス感染が発生する前の横浜駅地下街は大勢のシニアが歩き回っていた。午前中のカフェはシニアと出勤前の会社員で席が埋まっていた。アフターコロナに成りつつある今の横浜は徐々にシニアの外出が増えてきている。
違っている点はシニアの皆さんが全員マスクをして歩いていること。カフェでの暇つぶしも少なくなっている。座れる席の数が半分以下になり、時間制限がされるようになった。シニアの居場所がアフターコロナで減ってきている。
65歳になってから初めての年金(基礎年金と厚生年金)が支給された。来月には2回目の年金を受け取る。受け取った年金は公共料金、マンション管理費、固定資産税、自動車税、国民健康保険、住民税などの支払いに使われている。それら以外の用途には使われていないため、残った年金は少しづつ積み立てられて行く。
実生活の費用は自営業の売上がカバーしている。そのため、65歳からの生活は経済的に余裕が出てきている。コロナ禍の悪影響で売上が減少しても生活をする上で問題がない。年金収入は万が一の事態で役に立つ保険になる。
65歳からは精神的に余裕が生まれる。最低でも食べて行く上で心配する必要がなくなるからだ。その精神的、経済的な余裕を新しい第二の人生に費やしたい。65歳から70歳になるまでの5年間は老後の人生で最も価値ある時間になる。70歳を過ぎると健康障害が多くのシニアで発症する。体の免疫力が急激に低下するからだ。
60歳代までは体力、気力、好奇心、免疫力などの面で若さを維持できている。子供も独立して見守るだけになり、世話をやく必要がない。夫婦二人の生活を存分に楽しむ時間になる。
60歳を越えて社会から高齢者と見られ始めると周りの環境が変っていく事に気がつく。普通の仕事をやりたくてもチャンスが見つからない。会社に勤務していた時のマインドで世間を見ていると自分にとって不都合な事だらけ。社会は、自分を阻害し始めていると感じさせる。
シニアは60歳を過ぎると社会の弱者になって行く。会社員として働いていた時代のマインドでは社会がすんなりと受け入れてくれない。60歳から70歳の10年間は、自分の足で新しい生活と仕事を作るための基盤になる。定年退職したシニアを社会はどう見ているか知り、それを前提条件に新しい社会生活に挑戦する必要がある。
過去の生活に精神的に縛られないで新しい生活を作り出す気構えが必須になる。会社に頼ってきたマインドから自分に頼るマインドにシフトする。簡単には出来ないので試行錯誤を繰り返す必要が出てくる。会社の名刺ではなく、自分の名刺を作る。その時、自分は何ができる人なのかが分かってくる。
仕事が見つからないならば、自分で仕事を作るほうが今後の人生を楽しむ上で意味がある。他人に頼って生活するのを一度諦めてみる。諦めたら、自分しか頼られなくなる。
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このページのシニアライター:Norito H.Yoshida
Profile
Joomla CMSを使った法人・個人サイト構築で独立。51歳の時に会社を卒業。雇われる生活から自分を雇う生活になる。ソニー(株)、Yahoo!ジャパン(株)でインターネットビジネスの面白さを味わい、個人でも法人と競争が出来る隙間市場があるのに気が付いた。生涯現役でインターネットの世界で生きて行く。Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA.
シニアの生活は、体の老化に従って変わって行く。その体験記をこのブログで書いている。