83歳の義母をAUショップまで連れて行った。歩きながら話をしたのだが、途中から義母が歩きながら足がぎこちなく感じると言い始めた。年末から正月まで自宅の中で動いていただけで外を歩くことがなかったという。始めて歩いたという感覚だったという。
70歳を過ぎた老人が外出して歩くことを止めたら、必ず足の筋肉量が減っていく。筋肉量が減っていくと自分の体を動かす時に違和感を覚える。それが出やすいのが歩行である。足の筋肉は大きい。その筋肉が衰えると自分の体を支えたり、動かしたりする上で支障が出る。
83歳の義母の足は足のぎこちなさで筋力の低下を表していた。自分の体を不自由なく動かせなくなったら、暗い余生が待っている。自分で自由な行動が出来なくなるという状態を想像してほしい。動物は歩けなくなったら死ぬ。人間は賢いから衰えていった筋肉を鍛えて増やすことができる。生活のリズムの中に足腰の筋肉を鍛える習慣を取り込めば良い。
自分の人生の先が見えないと思っているシニアが多いのでは。定年退職前の自分ならば、会社組織内での生き方が想像できていた。フリーになったら、自分が何をしたら良いか羅針盤が狂い始める。自分の人生の先が濃霧で見えない時、不安が悩みを作り出す。
何かに悩んで道を歩いていると何故か下を向いて歩いている自分に気が付く。前から知人が歩いてくるのも気が付かない。下を向いて歩くと目先が地面しか見ていない。本来ならば、青い空を見ながら新鮮な空気を吸い込んで心地良い気分を味わえるはずだ。
昨年の夏のことである。帰宅時に横浜駅の階段を上っていく一人の老人の後ろ姿を見た。半ズボンとTシャツ姿で体格が手に取るように分かる。年齢的に70歳から80歳ぐらいのシニア男性。階段を軽快に上がっていく。背中から腰まで筋肉がついている。足の筋肉もやせて細くなっていなかった。
あの年齢であの体格を維持できているのは、きっと、定期的に運動をしているためだろうと私は思った。シニアの筋肉は定期的な筋トレをしていないと確実に筋肉量を年1%づつ減らして行く。それが筋肉が多い足の筋肉にでてくる。
お風呂に入る時、洗面所の鏡に写る太ももを見てほしい。予想以上に太もものサイズが小さくなっているはずだ。足の筋肉に張りがない。筋肉を失い皮膚の皮がたれ始める。シニアの体は加齢でドンドン醜くなっていく。
66年間も生きていると色々な苦しみ、不安、喜びを味わう。会社への入社、他の会社への転職、起業、そして、海外旅行などで思いがけない経験をする。思いがけない経験とは、常識では説明できない出来事。人間の知識が及ばない出来事である。この世の中にはそんなことが日常茶飯事に起きている。
66年間の人生で困ったことがたくさん起きた。人生の節目節目で大きな決断をしてきた。その度に頭を悩ましてきた。お先真っ暗な時も何度も経験した。如何にしてこの困難を解決するべきかを悩んだ。人生のピンチに直面する度になぜか私は誰かに助けられてきた。
それも予想もしないような助けられ方である。普通では考えられない出来事が自分の人生に起きて助けられ、今の自分が存在している。何故、そうなるのか説明が出来ない不思議な経験である。このような経験は起業したからこそ出来たと私は思っている。起業するには勇気がいる。未知の世界に足を踏み出す勇気である。誰かに頼るのではなく、自分自身に頼る生き方である。
67歳になった今、週2回の筋トレ運動を週3回にしようとしている。10年前の57歳の時の身体と比べて67歳の体は加齢によって確実に機能が低下してきている。それが体感できる。70歳の知人男性と懇親会の席で話していたら、健康の話題になった。毎日散歩をすると言う。どのくらいの距離を散歩するのか聞いてみたら、2〜3キロぐらいだと言う。
私達夫婦(60歳代)は、週末に訪問したことがない公園を探して訪問している。無料駐車が出来る公園近くのスーパーマーケットを探してその場所から公園まで歩く。公園までの距離と公園内での歩行距離を合わせると10キロぐらいになる。それが私達夫婦にとって当たり前の距離になっている。
その感覚で70歳の知人男性に「10キロ歩けますか?」と聞いてみたら、とても無理だと言って来た。毎日散歩で3キロ歩く70歳の体では10キロ歩くのが大変なんだと分かった。個人差はあるが、一般的に70歳という歳の体は加齢による身体機能の衰えが顕著になるらしい。
老人の怪我予防を考えると3つの要素が重要になる:水分、筋トレ、食事である。義母が85歳の時に貧血で倒れて頭と背骨の怪我をした。あれから4年が経過した。現在、老健施設でリハビリ生活を送っている。今、怪我の原因を考えると義母の体の状態から起きるべきして起きたのではないかと思わざるを得ない。
義母は少食で定期的な運動もしていなかった。当然、水分補給を意識した生活もしていなかった。85歳の年齢を考えると体の筋肉も失い、自分の体を自由自在にコントロールできる体力的余裕もなかった。多くの老人が義母と同じような老化現象に遭遇している。
老人が倒れると必ず怪我をする。骨折をすると入院するのだが骨折は治っても足の筋力が衰えて自分で歩けなくなる状態になる。病院から老健施設に移り、足のリハビリ生活をする。義母の場合は頭と背骨の怪我で入院していたがせん妄状態になり急遽自宅で療養することになった。
老人が介護ベッド生活状態になると必ず足の筋力が急激に衰えて歩けなくなる。老人にとって自分で動けなくなる状態になるのはもう普通の性活に戻れなくなる事を意味する。老人の怪我は死活問題に通ずる可能性が高い。
いつも、スターバックスでパソコンを見ながらコーヒーを飲んでいる。若い人(会社員)は私の事をどう見ているのだろうか。朝は会社が始まる午前9時前にスターバックスのテラス席でコーヒーを飲んでいる。その前を通り過ぎる会社員たちが多い。
会社に出勤しないでゆっくりとスタバでコーヒーを飲みながら仕事をしているシニアに何か感じているだろろう。最近はIT起業中心だけでなく大手企業もリモートワークを許し始めた。私のようにスタバでパソコンを開きながらスマホでビジネストークをしている若者が増えた。
60歳代のシニアもタブレット端末やパソコンをスタバに持ち込んで仕事をしている。私だけの特権ではなくなった。コロナ禍でリモートワークとウエブ会議が当たり前になりつつある。
20代から50代は、社会での競争で明け暮れる。相手は、その年代の人たちだ。会社ならば出世で競争。事業ならば、売り上げと利益で競争だ。絶えず、競争する相手がいる。それは、自分ではなく他人の場合が多い。他人との比較で強い、弱い、偉い、偉くない、金持ち、貧乏といった感じになる。
これが、60歳を過ぎると一変する!!
80歳前後の老人男性が道路を横断しようとして自動車に引かれそうになった!その現場を私は見ていた。悪いのは、その老人だ。
(1)信号機がある横断歩道が近くにあるのにそこまで行かないで斜め横断をした
(2)自動車が来るのが分かっているのに横断した
完全な交通ルール違反だ。面白いことにこんな場面を私は何度も目撃している。まだ、実際に交通事故で亡くなった老人は目撃していないが。
自動車は、クラクションを鳴らして老人男性に警告したのだが、その老人は無視して道路を渡り続けた。横断歩道以外の道路だ。あたかも自動車が勝手に止まってくれるかのような態度であった。こんなシニアを目撃すると何故なんだと考え込む。常識では考えられない行動であるからだ。
交通ルールを守る人、守らない人、それぞれに生き方がある。米国人的な考え方をするならば、交通ルールを守らない人は守らないことで起きるリスクを自分で取るという責任を負う。今回目撃した老人はそんな考え方をしていたとは思えない。
自分の足が不自由になると自分が降りる駅で降りられなくなる。電車のドアが開いて優先席から身を起こし、杖を突いて立ち上がり、ドアまで歩いて行くのだが時間がかかりすぎるため電車のドアは閉まり発進してしまう。足が弱くなると動作が遅くなり周りのスピードについていけなくなる。
さらに悪くなると介護用ベッドで生活するようになる。もう、自分の足でカラダを支えきれなくなる。動物は、動けなくなったら死ぬ。人間も遅かれ早かれ同じ運命である。
人間は健康寿命を伸ばすことで人間らしい老後の生活ができる。その基本は自分で自由に動ける体力と脚力である。足の筋力が衰えて歩けなくと健康寿命が尽きるサインである。自分で動けない体は、足の筋肉の衰えから来る。定期的に運動をしないシニアの足の筋肉量は毎年1%づつ失われて行く。
脚力は老後の生活で一番重要である。自分の足で歩き回れる機能を失うと家族に頼ることになり、行きたい場所に行けなくなる。
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このページのシニアライター:Norito H.Yoshida
Profile
Joomla CMSを使った法人・個人サイト構築で独立。51歳の時に会社を卒業。雇われる生活から自分を雇う生活になる。ソニー(株)、Yahoo!ジャパン(株)でインターネットビジネスの面白さを味わい、個人でも法人と競争が出来る隙間市場があるのに気が付いた。生涯現役でインターネットの世界で生きて行く。Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA.
シニアの生活は、体の老化に従って変わって行く。その体験記をこのブログで書いている。